「え……」

 寝ていたはずのシン様が上体を起こして私の腕をつかみ、じっとこちらを見ている。
 突然のことに固まる私を見たシン様は腕をつかむ力を少し緩めながら瞬きをした。

「今の言葉はどういう意味かな……?」

「それは……っ」

 シン様には知らせずに家に帰るつもりだったので言葉につまってしまう。
 視線をさまよわせて言葉が出てこない私を見て、シン様は小さく息を吐く。
 また怒らせてしまったのかな?
 どうしたらいいの?
 考えれば考えるほど頭の中には何も浮かばない。ただただ涙があふれてくるばかりで、私はつかまれていないほうの手を動かしてゴシゴシとこすった。

「どうしてそんなことを言うの? ――もしかして帰ろうとしてた……?」

 低い声で目を細めて言われて肩がビクつく。
 シン様の視線が強くなったような気がしてうつむいた。
 空いていたほうの腕もつかまれてしまう。

「何が嫌? 何が気に入らない?」

「そういうわけじゃ……っ」

「――それなら!」

 大声をあげるシン様に驚いて顔をあげたら更に驚いた。

「どうしたら君は僕のそばにいてくれるの……?」

 ――シン様が泣いている。
 赤い瞳から流れる涙さえ綺麗に見えて凝視してしまう。
 男の人の涙を見るのは初めてでどうしたらいいのか分からない。

「母のお別れの式で君に出会ってから、僕は君をずっと思っていたんだよ」

 え……?
 フィオン様のお別れの式……?
 目をパチパチさせて見返す私に言葉は続いていく。

「母が亡くなって泣き続けるルーチェとは対照的に、僕は悲しくても泣かなかった。自分は兄で次期国王候補で。張りつめた糸のようにギリギリの所で我慢していたんだ。――でも」

 言葉を切ったシン様は大きな手をつかんでいた腕から動かして、私の両手を握る。その手は少しだけ震えていた。

「それをよく思わない人もいたんだ。父から受け継がれたこの容姿は悪く言えば異質で。小さい時にお世話をしてくれた人が陰で僕を怖がっていることは知っていたから、僕は自分の髪と瞳が嫌いだった。――君に出会うまではね」

「私……?」

 フィオン様のお別れの式にはお父さんと一緒に出席したと聞いている。
 でも小さかったからか私はその時のことをほとんど覚えていなくて申し訳ない気持ちになる。
 視線が下に向いてしまうと「覚えていないのも無理はないよ」と握る手に少し力がこめられた。