「メイが心配していますよ。カルドーレ様がルーチェ様のお部屋から戻ってきませんと……」

「それはすみません……」

 シン様の部屋に連日行っていたのに急にルーチェ様の部屋へ行きだした私を、メイさんはとても心配してくれている。
 だけど、あの日の夜のことはどうしても言えなくて……。

「お時間がありましたら構っていただけると彼女は喜びますので」

 用意してくれた紅茶をもらいながら頷く。
 構うって話しかけたらいいのかな……?
 何て話しかけようかと紅茶を飲みながら考えていると後ろの扉が荒々しく開けられて肩がはねる。

「失礼するよ」

 耳に届く声に体が固まった。
 前は恥ずかしくて緊張したりすることはあっても怖くて緊張したことはなかった。
 私の横を通って歩く姿が視界に入り、数日振りにシン様の姿を間近で見ることになる。
 シン様は私を見ることなく真っ直ぐルーチェ様の執務机の前で立ち止まった。

「どうしたの? 兄さんが朝早くからボクの執務室にくるなんて珍しいね!」

 「お説教なら間に合ってるよ?」と笑うルーチェ様と無言のシン様の温度差が激しく感じられ、私はカップをソーサーの上に戻した。
 肌に感じる異様な空気に紅茶は喉を通りそうにない。

「今日は模擬戦闘があるから改めて伝えにきたんだよ。お前ならサボりかねないからね」

「ひどいなー。兄さんと剣を交える貴重な機会なんだからサボるわけないよ!」

「それならいいんだ。開始は午後からだから忘れないように」

 早口で言い切るとシン様は颯爽と部屋を去って行った。
 一瞬の静寂の後、ルーチェ様がはじけるように笑い出す。

「兄さんの顔見た?」

「いえ……」

「すんごい顔してたよ! 親の敵を見るような顔しちゃって。ボクら同じ親なのに!」

 ケラケラと部屋に笑い声を響かせるルーチェ様を見ても私はちっとも笑えなくて。
 震える体をごまかすようにカップに残っていた紅茶を一気に飲みほした。

「あー楽しみだなぁー。今日は頑張って午前中で仕事を終わらせちゃおうっと!」

 紅茶を飲み終え、ルンルンといった様子で仕事を再開するルーチェ様を見ながら、私は不安で胸がいっぱいになった。
 模擬とはいえ戦闘なんて私の知ることのない世界。
 何も起きませんようにと願うことしかできなかった――。