「兄さんの近くをウロウロしてたと思ったら今度はボクの所にきたの?」
面白いというような表情のルーチェ様に何も言えなかった。
昨日のことがあったからシン様の所へは行けそうもなくて、後は当事者となり得るルーチェ様の近くにいることしか選ぶ道はない。
ルーチェ様の近くにいるのは危険だと思うけど、シン様に昨日のような冷たい目で見られることもまた怖かった。
ソファーに座って様子を見ている私をルーチェ様は目を細めて見返してくる。
紙面に走らせていたペンが止まり、ルーチェ様の指先でクルクルと回っている。
「ボクは面白いからいいけど。――でもキミって変わってるよね。自分の兄を狙ってるような人の近くにくるなんて、さ!」
「ひ……っ!」
ヒュッと耳をかすめる音とガッと何かがぶつかるような音がして恐る恐る後ろを向いた。
後ろ――扉には少し前までルーチェ様の指先で回っていたペンが刺さっていて背筋が寒くなるのを感じる。
「命中! ボクってこういう才能あるのかも!」
ケラケラと笑う声を聞きながらも私の目はペンに釘づけで。
自分に刺さっていたらと思うとゾッとした。
***
「はい! こっちの書類の仕分けもよろしくね!」
「はい……」
朝から輝くような笑顔のルーチェ様が、山のようにまとめられた書類の束を私の前にあるテーブルの上にドサリと置いた。
その量に顔が引きつりながらも鼻歌を歌いながら執務机に戻るルーチェ様を見る。
数日の間ルーチェ様の近くにいても驚くくらい何も起きない。
何故か書類の整理を任せられているのは別として、それ以外は元気で明るくて、シン様を狙うような様子は見えない。
山につまれた書類を一枚一枚分けながらルーチェ様の考えがどんどん分からなくなっていく。
出かけたあの日以降シン様を見かけることはほとんどないし、試験はしばらくお休みとなっていた。
雨は連日静かに降り続いていて、洗濯物の乾きが悪いとメイさんは嘆いていたなぁ……。
仕分けが半分ほどすんだ頃に扉がノックされ、ルーチェ様の返事と共に開かれる。
「ルーチェ様、失礼いたします」
やってきたのはティーセットを持ったクレアさんだった。
「クレアさん!」
久しぶりに会って思わず嬉しくなってしまう。
「お久しぶりです!」と声をかけると、目を丸くした後に細めて「お久しぶりです」と返してくれた。