大きな手ですっと頬をなでられ、やがて首にたどり着いて軽く押さえるように力を入れられた。
「ダンス練習の時を忘れちゃったの? 夜遅くに怪しいヤツが入ってきたのにおとなしくしちゃって――ああそれは怪我をしてたからか。ごめんね? リタの暴走は予想できなかったよ」
目を弓なりにしても笑っているようには見えなくて体がガタガタ震え出す。
少し前まで熱があったせいか血の気がひいて余計に寒く感じた。
あれは演技じゃなかったの……?
「ねぇ、兄さんじゃなくてボクの婚約者にならない?」
「え……?」
「兄さんは激務が多いから体調が万全じゃないし、今ならボクにも叩けると思うんだよね」
「どう?」と首を傾げるルーチェ様がひどく恐ろしい存在に見える。血の繋がった兄弟なのにそんなことを軽く言えるなんて――!
「あ、もしかしてその顔怒ってるの? 全然怖くないよ!」
「そう言うことは関係ありません……! ルーチェ様には婚約者がいるとお聞きしましたし、蛇神様の血を引くのは第一王子の方だけだと――っ」
言葉を切るように首をつかむ手に力を入れられて少し息苦しさを感じる。
婚約者の話はティアさんから聞いているし、第二王子以降の方が王になった話は聞いたことがない。
「婚約者は形式上いるだけだから大丈夫。それに歴代に例外がいたのを知らないんだ?」
面白そうに笑うルーチェ様をじっと見た。
例外がいたのは学校に置いてあった本を読んで知っているけど、でもそれは――。
「例外がいらっしゃったことは知っています。でもそれは双子の方がどちらも蛇神様の力を受け継いだために、特例として二人とも第一王子として名乗られ、二人が国王となって協力して国を治められたと本で読みました」
後継者は双子の兄にあたる方のご子息となり、今の代に続いている。
私が答えるとルーチェ様は笑みを消して首から手を離した。そらされた顔は暗くてよく見えない。
「ふぅん。国のことよく知ってるんだ。そうだよ。例外はそれだけ。だからボクは興味あるんだよね。第一王子が死んだら蛇神様の血と力はどうなるのかを、さ」
「そんなこと……っ」
私が起きあがろうと目の前のルーチェ様の肩を押すと呆気なく体が離され、起きあがることができた。