「――!」

 強く目を閉じると、火照った頬に冷たさを感じて体がはねる。

「泣かないで?」

 耳元で聞こえた低く、けれど穏やかな声に恐る恐る目を開けるといつの間にかソファーの横にシン様がしゃがんでいた。

「す、すみませ……っ」

「――待って」

 涙を拭おうと手を目元に持っていくとしっかりとした手で手首を掴まれて。感じる体温の低さに先ほど頬に触れたのがシン様の手だろうかと思いながらシン様を見る。
 彼は私の手を下ろさせて離すと、白い制服のポケットから鮮やかな赤色のハンカチを取り出し、私の目元にあててくれた。

「こすったら赤くなってしまうよ。それに謝らなくていいんだ。――君は僕の母のことを思ってくれたんだろう?」

 ――え。
 何で分かったんだろう。
 シン様の言葉に止まらなかった涙が止まった。
 無言でシン様の表情をうかがえばシン様は穏やかな表情を浮かべていて、先ほどの寂しそうな笑顔でも怒っているような顔でもない。

「母は僕にとって大切な人だから。そうやって母のことを思ってくれることがすごく嬉しいよ」

「シン様……」

 「さあ涙を拭いて」とハンカチでそっと涙のあとを拭いてくれる。その間も赤い瞳は優しく細められたままで。
 涙は止まったけれど、火照った顔はしばらく冷めそうにないなと思った。

 ――それから間もなく、クレアさんが急用があると部屋にやってきて面談は終わりとなり私は退室した。

「カルドーレ様、お疲れ様です!」

 扉の近くで待機していてくれたのだろうメイさんが早足で近づいてくる。

「シン様とお話されていかがでした? 詳しいことはお部屋に戻って聞かせて下さい!」

 目を輝かせて先頭にたって廊下を歩き始める姿が、やはり学生時代に隣の席だったクラスメイトによく似ている。
 明るく元気で好奇心旺盛な友人は、これと決めたら一直線な性格で時々ビックリさせられていた。
 「早くお部屋に参りましょう」と手招きを始めたメイさんに、私は笑みを浮かべながら後をついて行くのだった。