「彩香、ここの連中に限らずウチの社員は全員、こういう事にゃ慣れっこなんだよ。大概の事なら自分たちで片付けられるんだ」


 末端の社員を含めて二千人を抱える峯口建設グループ。
 日頃から人を見る目があると豪語している社長のお目に叶う連中ばかりなのだから、それなりの修羅場をくぐり抜けているという事は、想像出来たが。
 まさかここまでとは思っていなかった。
 彩香ですら、この黒づくめの連中には多少手こずるのに。
 秋田は笑って。


「そんな事ないですよ。この連中は少しタチが悪かったので、お二人に来て頂いて良かったです」


 そう言って笑う秋田の肩のジャケットが破れ、血が滲んでいた。
 幸いかすり傷程度だったが。


「大丈夫でしたか、彩香さん」


 秋田は壁に寄りかかっている彩香に笑顔を向けた。
 何とかな、と答える彩香を、ジョージは見つめて。


「もしかしてお前、マジで具合悪いのか? 動きに全然キレがねぇし」
「うるせぇよ」


 言い返すが、彩香の足元は覚束ない。
 そんな様子を見て、秋田はボックス席に彩香を座らせると、冷たい水を持ってきた。


「奥に2人行くのが見えた」


 グラスを受け取りながら、彩香は言った。


「あぁ、VIPルームには出口はありません。外からドアを開かないようにすれば、逃げられませんので。あいつらは警察には突き出さずに、こっちで処理します」


 秋田がそう言っている間にも、従業員たちはテキパキと男達をロープで縛り上げている。
 ホステスたちの消火活動のおかげで、火も殆ど消えていた。
 この手際の良さに、改めて感心する彩香。


「捕まえた連中にはこれから話を聞きますが・・・」


 秋田は少し表情を曇らせた。


「この連中の狙いは社長のようです。店で飲んでいたお客様や従業員には目もくれなかった」


 それは彩香も同感だった。
 ジョージはタバコを取り出して苦笑する。


「不特定多数に恨まれてるからなぁ、あのオヤジは」
「いや、違うな」


 ボックス席の背もたれに寄りかかったまま、彩香は考えを巡らせる。
 水島千絵誘拐にしろ、今回にしろ、この連中は相手が峯口陽介だと分かって“敢えて”喧嘩を売っている。
 でも、何故だ?
 水島誘拐事件と、美和の一件。
 どちらも同じく“記憶を無くす薬”に絡んでいるのは確かだが、繋がりが見えない。
 程なく消防車や救急車、パトカーが到着して、店の外は慌ただしい雰囲気に包まれた。