TRIGGER!2

 だが、佐久間も佐武も、全く態度を変えない。
 目の前にカクテルグラスが差し出され、彩香はそれを持ち上げて佐久間のグラスに合わせた。


「遠慮なく頂くよ」
「どうぞ。今日は可愛いお嬢さんと知り合えて嬉しいよ」


 和気あいあいと話しかけて来る佐久間。
 彩香はしばらく、この男の話に黙って付き合う事にする。


「やはりこうして誰かと酒を酌み交わすのはいい。わたしは妻を亡くして独り身なのでね、少しでも寂しさを紛らわそうと、本業の傍らこの店を始めたんですよ」
「本業?」
「心療内科の院長をしてるんです」
「へぇ、お医者さんなんだ」


 知ってるけどな、と、彩香は心の中で呟く。


「彩香さんも悩みがあるなら是非、私のクリニックにおいでなさい。話をするだけでも、気分が楽になりますよ」
「そうなんだ? でもあたし、悩みなんてないんだよね。今のところ」


 彩香が言うと、佐久間はブランデーのグラスを口元に持って行き、それを飲み干した。
 どうやらこの男、かなりの酒好きらしい。


「悩みのない人間なんて居ないよ。どんな人にも、少なからず悩みがあるものだ」
「へぇ。例えば?」


 佐武にお代わりを頼む佐久間。
 医者独特と言うのだろうか、こういう話の運び方は、彩香は好きではない。
 だが得意気に、佐久間は続ける。


「人間関係、過去のトラウマ、社会への順応性・・・人生の中で悩みとなり得る要素はいくらでもある。そんな心の悩みを無くしてあげるのが、我々の仕事だよ」
「無くす?」


 彩香は聞き返し、そして笑う。


「いくら医者だからって、他人の悩みを完全に消し去るなんて事が出来るのかよ?」


 だが佐久間は、余裕の態度を崩さなかった。


「簡単な方法がある」


 少し身体を彩香の方に寄せて、佐久間は小声で言った。
 彩香は黙って、佐久間を見つめている。


「過去そのものを忘れるんだよ。例えば昨日の事、一週間前まで、1ヶ月前、それ以前の過去もね」
「・・・・・」


 彩香は眉をひそめた。
 そんな彩香を見て、佐久間は大声で笑う。


「はっはっは! そんな事が出来るのかって顔をしているね」


 そして、佐久間はフロアを見渡した。
 皆楽しそうに話をしたり、音楽に乗って騒いだりしている。