その客に近寄り、彩香は耳元で叫ぶ。


「なぁ、あのダンサー、名前なんつった?」
「美和でしょ! すっごいステキ!!」


 間違いない。
 今ステージで踊っている、プロポーション抜群の、赤いドレスを着た女は。
 風間が珍しく取り乱した、原因の女。
 おかげで彩香が散々面白くない思いをした原因の女。
 美和、だ。
 席に戻り、彩香はステージで踊る美和と言う女を見つめる。
 だが1つだけ、分からないことがあった。


「何でアイツにも、ホクロがあるんだよ・・・」


 四階の住人を唯一見分ける事が出来る、首もとのホクロ。
 あの美和と言う女にも、それがある。
 昨日の朝、風間と一緒に行った駅の近くの“佐久間心療内科クリニック”で見た女にホクロがあったのかどうか、定かではないのだ。
 角度的に、彩香の位置からは女の首もとまでは見えなかった。
 それよりも、風間のせいでそこから逃げ回る事になり、それどころではなかったし。
 もう、何がなんだか分からなくなってきた。
 頭をかきむしりたくなる衝動を必死にこらえていると、友香がトントン、と彩香の腕を軽く叩いた。
 そして、ついて来いと言うように、少し引っ張る。


「何だよ?」


 訝しげな視線を送るが、友香はそんな彩香に構わずに立ち上がると、ステージ脇にある小さな通路に向かって歩き出した。
 彩香もそれについて行く。
 今このフロアの照明はステージだけを照らしていて、大音量と共に美和が妖艶でセクシーなダンスを披露しているから、誰も彩香達の行動に気付く者はいなかった。
 通路を抜けると、カーテンで仕切られただけの小さな空間がある。
 どうやらダンサー達の衣装部屋らしく、畳にすると六畳くらいのスペースに、所狭しと色々な衣装や小道具が置かれていた。