「最近さぁ、四階のホクロの奴、ここに来てる?」


 兎にも角にも、名前すら分からないないというのは不便な事だ。
 だが桜子には、ちゃんと通じたらしい。


「あの子? そうねぇ・・・二日前の早い時間にに来たわよ。その時は、何処かのホステスみたいな格好しててね、一杯だけ飲んですぐに帰っちゃったけど」


 毎度思うのだが、四階の住人は何を根拠に変身をしているのだろうか。


「どうしたの? あの子に何か用事でも?」
「あぁ、仕事が入ってさ、アイツを急いで捕まえたいんだよねぇ。何処にいるかな」
「さぁ・・・。あの子が家にいるところなんて、想像出来ないものねぇ」


 だよなぁ、と、彩香はグラスを口に運んだ。
 だがその途端、後ろから羽交い締めにされる。


「どぉしたのよぉ彩香ぁ~、さっきからシケた顔しちゃってさぁ~!」
「無愛想なのは仕方ないけど、浮かない顔ってのはこの店に合わないわよぉ!」
「そぉよぉ、そんな顔してると、元気付けてやりたくなっちゃうじゃない!」


 真後ろと両脇からガッチリと動きを押さえ込まれている彩香。
 この店の人気ホステストリオ、イチゴとキウイとグレープだ。


「・・・お前ら・・・」


 飲もうとしたウイスキーを顔中に浴びた彩香は、わなわなと震える。
 当然、3人がかりでガッチリと囲んでいるのは、彩香から不意打ちの攻撃を食らわない為である。
 オカマちゃんと言っても所詮男、しかも3人とも一般の男性よりも遥かにガッチリ体型だ。
 さすがの彩香も、身動きひとつ出来ずにいる。


「あぁアナタ達、あのホクロの子が何処にいるかなんて・・・知らないわよね?」


 桜子も協力してくれようとしているのは分かるが、答えを期待しているような口振りではない。


「さぁ?」
「そうねぇ・・・あの子ほど訳が分からない子って居ないものね」


 キウイとグレープは、予想通りの答えを言った。


「分かったからいい加減離せよ!」


 羽交い締めから逃れようと、彩香はもがく。