「早いですね、彩香さん」


 缶ビール片手にベランダに出ると、隣からそんな声が聞こえた。
 その声の持ち主が、言葉をこれだけで終わらせる筈がない。


「まぁ、早いと言っても午後2時ですけどね」


 そんなセリフと、洗濯物をパンパンと叩く音が混じって聞こえる。
 ついでに言えば、ゴクゴクと美味しそうに鳴る自分の喉の音も、直接耳に聞こえて来ていて。
 隣の住人のそんな嫌味も、胃袋に染み渡る爽快感ですんなり聞き流す事が出来た。


「今日会社休みだっけ?」
「土曜日ですから」


 この日差しと気温では、洗濯物などすぐに乾くだろう。
 だから、答える声音は心なしかご機嫌のように感じる。
 ーー主婦か、と、彩香は小さく呟いた。


「それよりも」


 さっきよりも近くで声が聞こえて顔を上げると、風間がベランダの仕切りから、こっちを覗き込んでいた。


「まっ昼間からビールですか」
「暑くて寝てらんねぇんだよ。小姑みてぇな言い方すんな」
「別に否定している訳じゃありませんよ。最近仕事がないからといって、毎日だらだらお酒を飲むのはどうかと思っただけです」


 しっかりと否定している。


「いいだろ、ヒマなのは事実なんだから」
「じゃあ少しは家事でもしたらどうですか? 今日はバツグンの洗濯日和ですし」
「マジで主婦かよテメェは」


 空は快晴、日差しは全開、ついでに早起きして。
 そんな中での冷たいビールと言えば最高のシチュエーションで、気分爽快なのは間違いないのだが。


「気分でも悪いんですか?」


 変なところで妙に気がつく隣の住人は、ベランダの仕切り板から顔を出したまま、少し眉をひそめた。