「そちらのお嬢さん、どうも具合が悪いみたいだが」


 銃は田崎に向けつつ、風間は一歩前に立つ彩香に視線を送った。
 いつもの彩香なら、そんな田崎の態度に真っ先にキレそうなものだが。


「彩香?」


 そんな彩香に気付いたのか、ジョージも小さく声を掛けた。
 様子がおかしい。
 銃を持つ手が、微かに震えている。


「やっぱりね・・・」


 衣装部屋からフロアを覗いていた水島が、小さく呟いた。


「何よやっぱりって、どういう事?」


 桜子が聞き返す。


「葛藤してるのよ。薄れていく記憶を手放さないように。でも無理ね。あの精神状態、苦しいだけよ」


 水島が言った時、友香が衣装部屋を飛び出そうとする。
 桜子が慌ててその腰をがっしりと掴んだ。


「出ちゃダメよ。ジョージも風間ちゃんもどうして撃てないと思ってるのよ」


 桜子にも分かっていた。
 あの黒ずくめの連中が、三人を狙っているのだ。
 今自分達が飛び出しても、迷惑どころかメチャクチャな足手まといになるだけだ。
 だが、額に玉のような汗が浮き出ている彩香に何も出来ないのがもどかしい。


「彩香・・・!」


 唇を噛み締めて、桜子は呟く。


「この薬をあなたに差し上げよう」


 田崎は落ち着き払った声音で言った。


「これはきっと、今のあなたには何よりも大事な薬だよ。これを飲めば、あなたは何も変わらないでいられる。大切な人を忘れる事なく、ね」


 ジョージと風間は、ちらりと視線を合わせた。
 もし信じるなら、田崎が持っている薬を飲めば、彩香が飲まされた『記憶を無くす薬』の効果が中和されるという事なのか。
 彩香は彩香としての記憶を失わずに、自分達の目の前からも消えずに。
 もし、本当に、あの薬がーー!
 明らかに動揺しているジョージと風間を見て、田崎はニヤリと笑う。
 フロアに、緊張した沈黙が流れた。