「あなたはいつも、誰かの為に動いてた」
「それはあんたの専売特許だろ。不特定多数を癒せるのは、あんたの歌声だ」
「あはっ」


 そこに立っている女は、大きなイヤリングを揺らして茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
 ったく、と彩香は腰に手を当てて女を軽く睨み付け。


「元はと言えばなぁ、誰のせいでこうなってると思ってるんだよ。お前が最初に姿を見せてから、隼人が」


 言いかける彩香の口を、女が人差し指で塞ぐ。


「じゃあせめて、隼人を悲しませないで」
「だぁからそれはお前がーー!」
「あなたは」


 彩香の言葉を遮って、女が言った。


「あなたはちゃんと生きて、ここにいる」
「・・・・・」


 本当は。
 出来ることなら、このまま誰にも会わずに消えてしまいたい。
 頭の中のモヤモヤしたものは、一秒一秒、時間を追うごとにその色を濃くしていく。
 もう、これ以上はーー。
 女はまた悲しそうに、彩香を見つめた。


「あなたの心を埋めたものは、あなたの宝物なのよ。あたしには分かる。見えないものがどれだけの力になるか、どれだけの癒やしになるのか」
「だからそれはあんたのーー」


 この繁華街にはびこる荒くれ者達の心を、その歌声で癒してきた。
 それは手にとって確かめられるものではないけれど、確かにそこにあって感じる事が出来るのだ。
 この街に来てやっと、彩香はそれを手に入れた。
 そう気付いた時にはもう、ほんの一瞬、遅かったが。
 彩香は、小さく息を吐く。


「もう行くよ。時間がねぇんだ・・・」
「あの人は」


 背中を向けて歩き出そうとする彩香に、女は語りかけた。


「・・・あの人の心は、あたしには分からなかった・・・バカよね、毎日何十人もの人達と会話して、何百人の前で歌って来て・・・みんなの心を読み取るのは得意だと、思ってた」
「あぁ、バカだよ」


 背中を向けたまま、彩香は答える。