ふと、彩香を押さえている力が軽くなった気がした。
 うつ伏せに地面に倒されているから、一瞬何が起きたのか分からなかった。


「うっ・・・!」


 呻き声が聞こえ、また、彩香を押さえる力が弱まる。
 その瞬間を逃さずに、彩香は身体を回転させて、拘束から逃れた。
 起き上がって見ると、そこにはプロレスラー並みの大男が立っていた。


「お前・・・!!」


 大男は一瞬で黒ずくめ達を動けなくする。
 身体に見合った、重いパンチだ。
 起き上がった彩香と大男の周りを、まやかしの雑踏が何もなかったように次々と歩き去っていく。
 大男は微動だにせず、じっと彩香を見つめていた。
 その首もとには、大きなホクロ。


「あんたにゃ言いたい事もたくさんあるんだけどな」


 パンパン、と服に付いた砂を払いながら、彩香は言った。


「取り敢えず、礼を言っとく」


 そう言って銃を拾うと、彩香は足を引きずりながら“スターダスト”に向かって歩き出した。
 今は少しでも時間が惜しい。
 薬のせいなのか、頭の中心が霧で霞んでいくようだ。


「ごめんなさい・・・」


 いきなり背後からこんな声が聞こえ、ぎょっとして彩香は振り向いた。
 そして、たった今まで大男がそこに立っていたはずの場所に佇んでいる女を見て、思わず息を飲む。


「ごめん・・・なさいね」


 聞き間違いじゃなかった。
 真っ赤なドレスを着たその女は、悲しそうな表情でこっちを見つめている。


「お前・・・」
「謝りたかったの。あなたに」


 透き通った、綺麗な声だった。
 どうやら幽霊ではないらしい。
 彩香は、緊張していた表情を和らげた。


「あんたに謝られる筋合いなんてねぇよ」
「ううん。ずっと見てたもの。あなたの喜びも、痛みも、苦しみも」
「ずっと、って・・・」


 そう言うと、女は微かに笑う。