【13番街】を10代が歩くと非常に浮く.線路沿いの人気のない駐車場には あの2台のChevroletが停まっていた.トールはアキラの車の荷台へBMXを積んでおくよう促した.ちらっと視界に入ったのは サイドブレーキのところに置いてあるアキラのケータイ.着信来まくってるのかピカピカ主張してる.あぁ・・・笑
言うとおりにBMXを積むと また来た道を戻るように歩き出す.ウチらはトールに駆け寄り 改めて説明を聞ける状況になった.
まずはアズマさん・シンジさん・アキラの3人は無事だそうだ.でもあのデパートのすぐ裏のモスから出られないんだと言う.わたしもロクヤもピンときた.
「つまり・・・ あのガラス割っちゃってすぐに駅前交番のお巡りさん来ちゃったから 慌てて入ったモスから身動きがとれなくなっちゃったわけね」
ずばりそのとおりだった.割ったのはアズマさんで スケボーと突っ込んだらしい.なんとほぼ無傷だそうだ.さっきの惨状見たあとじゃ本当に奇跡としか言いようがない.
トールはキャップや重ね着のYシャツを脱ぐ事で軽く変装できたから 様子を見に来たところだったという.4人していかにもスケボーやりそうな身なりで スケボー持ってて そりゃぁ動けないだろう.
モスの2階席に上がる.いた.3人と目が合うなり 自分とロクヤの「バカ!」がハモった.

リクちゃんがフゥちゃんのマンションで シンジさんを待っていることを伝えた.シンジさんもずっとリクちゃんが気になっていて モスで食べてるどころじゃなかったみたいだ.
借りて着ていたシバさんの服をトイレで脱いで ロクヤはアズマさん 自分はシンジさんと服を交換した.2人はそろそろと駐車場へ そしてそのままフゥちゃんのマンションへ向かった.
残ったのは 自分とロクヤ アキラとトールの4人.これは予想しなかった変な組み合わせだ.
「で?アキラはなんで普通にライスバーガー食べてんの?」
リアルに呆れてる自分に アキラは
「それがさぁ 聞いてよ」
と笑いながら顛末を話す.トールは一瞬吹き出しそうになったのを堪えた.

話のはじまりはさんぽ橋.自分とロクヤのスタートダッシュ直後だった.
アキラは左手に巻いていたバンダナでスターターした時 勢いで腕時計も外れ 橋から落ちたんだという.あっ あの白いNIXONのやつか.
「あ!」と叫ぶと シンジさんとトールはスタートを踏み留まったんだけど 自分ら2人はもう走り出していたんだ.
4人で時計を探しているうち シンジさんとトールはなんとなく話すようになって 競争とかどうでもよくなってきたらしい.そんで 先にCoyoteに着いてるであろう自分とロクヤにも仲良くなってもらうため Coyoteでの夕飯は「お好み焼きパーリナイ」なる企画を立てたそうだ.
「パーリナイて・・・」
そのためのホットプレートを駅前まで買い出しに来たところ この展開なんだという.
・・・心配した自分らって・・・脱力して思わずロクヤと笑った.
「なんだよ 仲いいじゃん」
トールが言うとロクヤは怒鳴った.
「アホ言うな だいたいこいつ俺はいいとして なんでアキラさん呼び捨てなんだよ」
そう言うとまたアタマを後ろからはたきやがった.そして川に落ちた事と シバさんの服のわけを話す.アキラたちが大爆笑していると 警察官が3人入ってきて 店内で目立っていた自分ら4人は職質された.サクッと質問に答えると こそこそ話し出すお巡りさん.
「証言に女の子は?」
「なかったですね・・・あと金髪の男は2人でした」
お巡りさん達は引き返していった.あー・・・さっき女子トイレにスケボー隠しといて本当よかった・・・
そうこうしているうちに アズマさんがスケボーが入るぐらいの大きなバッグパックを持って戻ってきた.やっとこれで帰れる.

結局この日の夜はまたCoyoteに泊まらせてもらった.改めてアサギさんがお夕飯を作ってくれて リクちゃんとシンジさんも合流してみんなでいただいた.
エビちゃんがいっぱい入ったグラタンと マグロの竜田揚げ カマンベールのシーザーサラダ グレープフルーツのカクテル リクちゃんとわたしにはバナナジュース.そしてのんきにも「アズマさん ガラスに激突も無傷で生還」とかいう乾杯.

やっと詳しい話を落ち着いて聞けるようになって すごくびっくりした.遊んでてショウウィンドウに激突したんじゃなく 目の前から来た知らない男にアキラが突然襲いかかられたんだそうだ.そこにアズマさんが止めに入ったところで突き飛ばされて 振り上げてたスケボーごとショウウィンドウに突っ込んだんだとか.
近くにいた人達の悲鳴で そいつは帰宅ラッシュの波に紛れて逃げてったそう.
「悪かったなーアズマ ホントありがとなー」
「いやーぜんぜんいいんすけど あいつデカかったすねー!なに人なんだろ!」
考え込んでたシンジさんは
「アズマとアキラさんは思いっきり被害者ですし 今頃警察も防犯カメラとか確認して あのデカいやつ探してますよね」
アキラとアズマさんは「これもうめぇ!」とか料理の感想ばかりで もうマジメに考えるのを放棄した模様.

黙って一通り聞き終わった自分は もやもやが込み上げてきて のんきな2人に思わず
「なにそれ嫌だ・・・あ えっと 警察に疑われてるのがじゃなくて うんそれも嫌なんだけど・・・あの」
と声は出たけど なにが言いたかったのかまだまとまってなかった.アキラは考え込む様子もなくさらっと答える.
「うん・・・たしかに一歩間違えればアズマ大ケガだったから そりゃムカつくけどさ でもこの件は警察になにか言われない限りは放置かな」
返す言葉も見つけられなくてロクヤとトールを見たら 2人は黙々と食べていた.自分も真似して これ以上は言わないでおこうと思った.どうせこのもやもやをうまく説明できるほど こういった出来事には慣れてないワケだし.

みんな いろいろ疲れてた.
シンジさんとリクちゃんを アズマさんが家まで車で送ってったあと 2階でトール・ロクヤ 3階でアキラとわたしが寝る事になった.だけどさ いくら6コも年下だからって わたし女なんだけどな.よくさらっと決めたよな.
アキラはまるで幼い姪っ子を扱うかのように
「先に上の部屋行ってんぞー」
とか言いながら行ってしまった.まだちゃんと話すようになってから出会って2回目なのに そんな男の人と寝られるワケがない.
そもそも いくらバーがこのあと4時半まで営業してるからといっても 自分らが寝たあとにお店のソファーで寝る事になったアサギさんとシバさんについて.ここの従業員であり住人なのにな.変なの.
アサギさんは遠慮してくれたけど いやいやせめて・・・と言ってソフトドリンク代は払わせてもらい わたしは寝る前の牛乳をもらって港川に来た.
堤防のてっぺんに座って考え事しようと思って.港大橋のむこうの海を見ながら牛乳飲んでると 後ろから
「寝ないの?」
ロクヤだった.
「うん」
お互い少しの間 揺れる川面を無言で見下ろしてた.ここはすぐそこが海だから 少しだけ波がある.
「あっ レースの事忘れてた」
「俺の勝ちだったろ」
「そうだけど こっちも川に落ちたのに2発殴られてるの悔しい」
「なら殴っていいよ」
今さらってなって 吹き出して隣を向くとロクヤも笑ってた.はじめて笑った.笑ってんなよ そういうとこもズルいよ.
「昼間だったら殴ってたかも笑」
きょうはロクヤのいいところを知る事ができてよかった.ロクヤいいやつ.

なぜか襲われたアキラ シンジさんとリクちゃん 警察に疑われる災難なアズマさん.なにからどう言葉にすれば このもやもやはなくなるんだろう.どれも自分とは直接関係のない事なのに まったくの無関心ではいられない.偽善かな.ウザいかな.大人の話かな.まだそこまでの仲じゃないのかもな.いつもみたいにわいわいしてるほうが みんなの為になるのかな.でもな.
あ また無言になっちゃってたか.
ロクヤはまだ隣にいてくれてる.遠くを見ながらタバコ吸ってる.
「わたしが凹んでると思った?」
「俺が考え事しに来たらおまえがいただけ」
ロクヤは本当にいいやつだな.今日わかった唯一の収穫.すごく大きくて嬉しい収穫.今はっきり言葉にできる唯一の感情を聞いてほしかった.
「ありがとうね」
牛乳飲み干して立ち上がる.
「もういいの?」
「うん!笑ったらすっきりした!」
「寝れんの?」
「ちょっと自信ない・・・笑」
「俺 部屋代わろうか」
「同じ部屋で寝るならトールよりアキラがいい笑.まだ戻らないの?」
「アサギさんタバコ吸わないからさ 2階の部屋で吸わないほうがいいかなって.これ吸ったら行くわ」
「そか.じゃぁお先にね.ロクヤおやすみなさい」
夜風に吹かれて気持ち良さそうなロクヤ.お礼の言葉と なにげない会話ができた事で この瞬間に本当にすっきりした.堤防の階段を降りきると
「おやすみエミ」
ロクヤも名前を呼んでくれた.

すでに明かりの消えてた3階の部屋へ.変に緊張したくないから アキラが寝るのを牛乳飲みながら待ってたってのもある笑.
静かにドアを閉めて目を慣らすと 窓際のベッドがあいてた.アキラは壁側のソファーかな.ちょっと月明かりの陰になってて見えないんだけど.すると布が擦れる音と
「エミ?」
って声がした.
「ごめん 起こしちゃった」
「んーん平気.ちょっとおいで」
えっ なに.声がする方へ近づくと温かい手がゆっくり腕を掴んできた.そのまま引き寄せられてソファーに座る.たぶん今真後ろにある 自分の腰に当たってる温かいものは 横になったままのアキラのお腹.
「心配かけさせちゃってごめんな.アズマをこんな事に巻き込まないように 俺もっと気をつけるから」
その瞬間 アキラの目の前で起こった光景が想像できた.巨大なガラスは大惨事 アズマさんがほぼ無傷なのは本当に奇跡.大きい音たてて割れたんだろうな.帰宅ラッシュの人々は悲鳴をあげたと思う.アキラ達は心臓も止まる思いだったに違いない.アキラは咄嗟にアズマさんの名前を叫んで駆け寄っただろう.手が震えた.
「うちが心配なのはアキラの事もだよ.誰にもケガなんかしてほしくない」
今度はしっかり思ってることが言えた.
「デカいやつ また来る?」
少し間があってから アキラは更に抱き寄せてきた.年上なのに なんだか急にかわいそうに思えてくる.心配だよ ケガしないで そんな言葉ならいくらでもあげるのに.

次の土曜日 マチちゃんとロータリーへ路上ライブしにいくと ショウウィンドウにはシャッターがとり付けられ 歩道にはガードレールがひかれていた.
港町駅前の夜が薄暗くなったのは大男のせいだ.