数日後に聞いたんだけど あの大人っぽい人は アズマさんと同じ隣町の【アキラ】というそうで.21歳なんだってさ.
スケボーやってた同い年ぐらいの2人は高1で 金髪は【トール】 もう1人はボーズだったんだけど【ロクヤ】だって.
この日3人はいつの間にか帰ってたんだけど 夜にウチらが解散するまで アズマさんとシンジさんはあの3人について話そうとしなかった.
ただ ランプを解体して車に積む時 「これ俺んちの車庫で作ったっつったじゃん?さっきの後輩と3人で作ったんだよね」って教えてくれた.

そんな出来事も忘れかけていた数日後 突然雨が降った夜があった.中央公園の帰り道 「送っていくよ」っていうアズマさんの親切を断った事をちょっと後悔.
まぁ・・・夏だからいっか.そうだ あのお気に入りの場所へ行こう.雨に濡れながらも BMXをひいて港川の堤防の内側を歩く.ここは車どころか 通行人もいないから歩きやすいんだ.
いや女の子が歩くのは危ないでしょって しかもエミ目あんま良くないじゃんって アズマさん達は言うけど 自分はこの川沿いを 時間かけて帰るのが好きだった.とくにこんな雨の夜は.

堤防の内側は格好のボムスポットで いつからあるのか 誰かのラッカーがそのまま散乱している.ここの内壁はこっち側に反っていてまだ雨に濡れてない.ラッキー♫ 誰もいないことを確認してラッカーの赤と銀を手に取った.「CAR WASH」と大きく描く.思いっきりバブリーなカンジに.あー暗い暗い 今度明るい時間帯に仕上がり見に来よう.
つい集中してたら すぐそこまで男の人が近づいて来ていたことに気がつけなかった.
「その映画知ってるの?」
びっくりして振り返ると あのアキラだった.むこうも傘をさしていない.
「あっ こないだアズマといた・・・」
わたしに気づいたアキラは続けた.
「俺 アキラってゆうんだ.ここらへんでCoyoteってバー探してるんだけどさ 知らない?」
「アキラは・・・お店探してるのに なんで堤防の内側を歩いてるの?」
こないだの第一印象はあんまりよくなかったな.アズマさん達と仲悪いようなふうに 自分は勝手に感じ取ってしまったから.そしてまともに話した今回もなんか変な展開だし.というかこの人変だ.
それでも一応 暗がりの中でも声の調子で きっと笑顔で話しかけてきてるんだろうなぁくらいは想像できた.

【Coyote】ならたぶん知ってる.最近開店したばっかりのバーで この堤防のすぐ外側にあって近い.シンジさんが以前1度だけ「ちょっと待ってて」と言って入って行った.店員さんが知り合いらしく お店の中にレコードを置かしてもらってるみたいだった.
堤防の内側を来た方向へ戻り 1つめの防波扉から出ると オレンジ色の光が漏れる一角がある.
「あった あのお店の事?」
「あーそうそう!助かったー!」
案内も終わったところで帰ろうとすると アキラは呼び止めた.
「雨止むまで 店ん中で待ってなよ」
普段なら たとえ相手が友達の友達であっても どんなにシチュエーションが魅力的であっても断るんだけど なんでだろう お誘いをありがたく受け入れた.
薄明るい店内に入るとアキラの顔がまじまじ見える.あれっ 濡れた髪が下がってると若く見える.外でタバコなんか吸ってたら補導されるんじゃない?

アキラは店員さんを紹介してくれた.
「うわっっすごいビショビショ!」
そう言って 慌ててタオルかぶせてくれたのが 優しそうな背の高いギャル男【アサギさん】.カウンターでタバコ吹かしてるのが【シバさん】で こっちを振り向くとかしなかった.お客さんはいなくて休憩中のところにオジャマしてしまったみたいだ.
Coyoteのある3階建てのビルは・・・詳しくは地下1階含めた4階構造で 2階と3階は住宅だそう.
3階のシバさんの部屋へ通された.アキラは勝手にシバさんの服をあさってTシャツを2枚引っぱり出す.これに着替えろって言う.ちょっと怖そうなシバさんに断りもなく上がった部屋だったし 気がひけたんだけど・・・ さっき通った店内は冷房が効いてて寒くなっちゃったから すごくすごくありがたかった.

おなか空いてない?って聞かれたんだけど 初対面の飲食店に上がりこんで服まで借りて・・・ワガママ言えばごちそうしてもらえそうな流れだったけど そんなワケいくかと.そこはきっちり遠慮させていただいた.
「じゃあなんか飲もう おいで」
濡れた髪をタオルでゴシゴシして髪型が変わったアキラが笑顔で手招きする.本当に21歳かなぁ.
オシャレなお店のオシャレなカウンターに ダボダボ無地Tシャツにボサボサ髪の2人が座る.アキラはホットココアを頼んでくれた.アサギさんが作る間 アキラは2人にわたしを紹介してくれた.
「この子さ アズマの友達のエミ!さっき外で道教えてくれてさ.いやぁ助かったーマジ」
「えっ アキラさん迷子になってたの!?」
アサギさんて人はリアクションがわかりやすくてかわいい.年上だろうけど.
ココアで温まりながら アキラは教えてくれた.アズマさんと同じ隣町から来たこと.このビルは父親の形見で ここ最近から友人のシバさんたちにお店を開いてもらって任せていること.来週 このビルの3階に引っ越してくること.
「じゃぁさっきの部屋 そのうちアキラの部屋になるんだね.アキラ港町の人になるんだね」
「そうだよ 俺らはホーミー」
「ホーミィ?」
「あっ そうそう.きょうは雨だからよく見えないけど 前来た時にあの窓から見た港川の夜景は最高だったよ.また遊びにおいで」
斜めの天窓から落ちてきそうなぐらいの曇天が覆ってて 南向きの大窓からは港川の河口と港大橋が見えてたな.そのむこうはすぐ海.晴れた夜はきっとキレィだろうな.
「でも俺さ 今夜の雨で港川って水かさが増してたじゃん あれっこんなにでっかい川だったっけ?って思いながら歩いてたワケ! アサギすげーよ?雨の港川も!」
アキラはすごく目を輝かせて力説した.嬉しい 自分が堤防の内側にいた理由と一緒じゃんか.
「エミもなの!?気が合うなぁ!」
「もー・・・だから道に迷ったんですか笑 エミちゃん アキラさんはもう何回かここ来てはいるんだよ?一応」
笑うアサギさん.なるほどね.道もよく知らなかったCoyoteなのに部屋の勝手に詳しいのはそういうワケか.

自分は 今日の港川を低い位置から見るとね 港大橋をくぐったむこうの景色も全部が1つになって 海みたいに見えるんだよと教えた.アキラがはしゃぐ.
「ちょっと堤防行ってくる!」
また外へ出て行ってしまった.アサギさんと吹き出して笑う.
「アキラさんて自由な人なんだよね笑」
「そうみたいですね笑」
「あ 俺達夕飯これからなんだ.今ドリア作ってるんだけど エミちゃんも食べてってくれるでしょ?」
「えっ」
思わずカウンターの逆端で毎日新聞を黙読してるシバさんに目がいくと はじめてシバさんと目が合った.ビクッとする自分.はじめてしゃべるシバさん.
「コイツの料理うまいよ」
声しっっぶ!
そんな会話してると お店のドアのアンティークベルが勢いよく鳴る.アキラが戻ってきた.
「エミの言った通りだ!アサギすげーよすげーよ!」
手にはコンビニの袋.エースカップのバニラが4つ透けて見える.もうすごくすごくありがとう 断れません.
今さらだけどわたしは乳製品が大好きで ココアとドリア そしてバニラアイスで作った食後のバナナジュースがとてつもなく絶品で 幸せの絶頂の中 遊び疲れてたわたしはいつの間にか寝てしまっていた.