夜人【ヨルヒト】さん

深さ30センチもない流しから伸びた血色のない手が、ステンレスの縁を掴んでいる。

ずる、と何かをひきずる音がした。

声も出せず、ただ立ち尽くすサナミの目に、這い出そうとしている人の頭が映った。

濡れてべったりと顔に張りついた髪の毛の間から、見覚えのある表情が見てとれた。

「チサエ……」

カタカタと歯が鳴った。

断末魔に目を見開き、口元に藻を絡ませたチサエが、流しから這い出そうとしている。

チサエの口が開いた。藻の塊がどろりと流れ落ちる。

「サナ……」

不明瞭な音が、サナミを呼んだ。