「おはよう」


声を掛けた相手は俺の彼女。

何も言わずにただ笑う。

きっとおはようと言っている。


「朝何食べたん?パン?」

大袈裟に顔を横に振る。


へえご飯食べたんやな。


「寒ない?暖房入れよか?」


少しだけね、と親指と人差し指で表してまたニッコリと笑う。


きっと、ありがとうと言ったのだ。







俺の彼女は声が出ない。


もう2年前。


仕事帰りに襲われて、


全て未遂に終わったけど、


俺が警察に駆けつけた時には


震えて泣いて、どうしようもなかった。


泣いて泣いて、泣き疲れて


あの日は眠った。


そして、次の日からあいつは話さなくなった。





もう2年。

2年か。






わたしの声が出なくなってから


もう随分立つ。



あの日からうまく声を出せない。


「騒いだら殺す」


あの声を私は一生忘れられないだろう。




でも実はひそかに練習している。

声を出す練習。


前みたいに彼と話がしたいから。

私から質問したり電話をかけたり。


そんな事と思われるかな。

そんな事だけど取り戻したいのだ。




病院の先生には

「あなたの勇気だけです。」

そう言われた。

大丈夫。


あの日から2年が経った。










朝。
窓の外に見えるいつもの景色に目をやる。

今日は風が強いのか。

そんな事をぼんやり考えた。



支度をして玄関へ向かう。


彼女がついてくる。


いつも見送りしてくれる。


靴を履きながら

「じゃ行ってくる。」

そう呟いて扉に手をかけた。

いつしか挨拶も一方的なものになった。



「…っい」




気のせいか?


そう思いながらも振り返る。

彼女が笑っていた。


「…行って…らっしゃい。」


消え入りそうな声だった。



「こえ…」

「うん…もう大丈夫…」


久しぶりに聞いた声。

涙が出てきて頬を伝う。


「ずっと聞きたかった…」

泣きながら彼女を抱き締める。


「私もずっと言いたかった…


…行ってらっしゃい。」



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