「ふふっ、嬉しいなぁ」


「なにが嬉しいんだよ」


「里久ちゃんのやきもち。だって、いっつも大人の対応で、あわてることがなくて冷静なんだもん。

拗ねた顔とか見てみたい」


「僕は、霧乃より10歳も上だよ、大人で当然」


「だから嬉しいの。ねぇ、大学の同級生の彼のこと、気になる?」


「別に」


「そっ、今日ね、彼に会ったの。お偉いさんのお供だって。

私を見て、すごく驚いてたな。また会えるねって言われちゃった」


「そりゃ会えるだろう。霧乃の仕事だから」


「そうね、デートとか誘われちゃうかも」


「僕に何を言わせたいの」


「私のこと、好きって言って」



霧乃の瞳の中に僕がいる。

僕だけを見つめる目には逆らえない。



「ここにきて」


「キスとかでごまかさないでね」


「いいから、きて」



威勢のいい言葉とは裏腹に、霧乃は遠慮がちに膝の上に乗ってきた。

僕と向き合い 「さぁ、言って」 と告白を催促する。

箱の中からオランジェットを一枚とり、口に入れた。



「おいしいよ。コンフィの苦みがいいね。僕の好みだ」


「でしょう? 私の愛が詰まってるんだから」


「一緒に食べようか」



オランジェットをもう一枚取り、口にはさむ。

顎を突き出し、食べるよう促した。

霧乃は僕が口にはさんだ反対側から食べ始めた。

小さな一枚は、瞬く間に互いの口に入り、やがて唇が触れた。



「愛してるよ」



えっ、と小さな叫び声があり、僕を映す霧乃の瞳が潤んでいく。



「……わたしも」



かすれた声で、僕への愛を伝えてくれた。

オレンジを甘く煮たコンフィは、甘い中にほろ苦さがあった。

2月14日、甘いだけの時間は短くて、僕たちに許されたのは朝までの数時間だけ。

身をよじり、僕のすべてを体の一番奥で感じる霧乃の顔を見ながら、至福の時を迎える。

やがて、僕にしがみついたまま、霧乃は短い眠りについた。

今年のホワイトデーの準備は整っている、もう何カ月も前から計画してきた。

計画通りに事が進んだなら、一か月後、僕たちは旅先でその日を迎えることになる。