君の記憶に僕は。

もがいてもがいて苦しんで、でも結局僕の考える「美」の象徴は現れずにいた。


まぁ、君がいたんだけど。


高校に入学して1カ月、幽霊部員が9割の美術部に入部し、僕はまた「天才だ」とわめかれていた春の午後。


数学係だった僕は、クラス全員分の提出ノートを抱え、職員室に来ていた。
数学担当の先生の机の上にノートを置き、職員室を出ようとしたその時、君を見たのだ。


君はこげ茶色の柔らかそうな髪をしていた。陶器のように白い肌に、ナタデココのような唇、アーモンド形の目、どこか、はるか峰を見るような澄み切った瞳に、目を奪われた。


なんて綺麗な人なんだろう、そう溜息がでた。
その時はまだ、容姿だけだったけれど。


君が僕のように偽りの美しさではなくて、心の芯から美しいと知ったのは、それから少し後のことだ。


君は一人、屋上にいた。
確か、火曜日の4時間目、国語の時間だったと思う。


僕はずっと君のことを考えていた。あんなに衝撃が走ったのは久しぶりのことで、とても動揺した。
なにより、自分の追い求める「美」を持つ人がこんなにも近くにいるなんて驚いた。


君は僕の隣のクラス、入学してそうそう「問題児」というレッテルを張られた女の子だった。


中庭を挟んだ向かい側、立ち入り禁止のはずの北校舎の屋上に君は姿を現し、校庭を眺めていた。


別に何かすることもなく、ただただずっと、その時間が終わるまでずっと、君は校庭を眺めていた。


何を見ているのかなんて気にならなかった。否、本当は気になっていたけど。