ふわぁ・・・

今年は桜が全国的に早く咲いたから、今日の入学式では既に散り始めていた。

そんな桜が新1年生の私たちを祝うかのように舞っている。私の心とは実にミスマッチに。この高校に入ることは避けたかった。人が多すぎる。というか受験なんて受けたくなかった。

「あれ、君も1年生だよね~?体育館行かないの?」

話しかけてきたのは女の子。今が旬です!と言わんばかりのおしゃれっぷり。ふわふわのくるくる、そんな言葉がぴったりな髪をなびかせて薔薇のような微笑みで近づいてきた。

「あ、もうこんな時間!?ホントだ、行かなきゃ・・・!教えてくれてありがとう!」

基本的に私は人間が大嫌いである。でも、入学そうそうに揉め事を起こす勇気もない。ここは得意の演技で乗り切ろう。

「あっ、待って!ねぇ、名前は?私は、彩!佐藤 彩っていうの」

っ!!何この子。初対面の私にそこまで付きまとう必要は・・・??

「私、菊本 佳蓮。佳蓮って呼んでね」

「うん!あ、私も彩でい~よ!あ~、佳蓮がイイ子でよかったぁ~。自分から話しかけるのって結構勇気いるよねっ」

前言撤回。この子付きまとってない。媚売ってこないし。もしかして、彩もああいう体験してるのかな・・・。

「・・・そうだよねっ!ありがと。・・・って、時間やばっ」

腕時計の針が指すのは無慈悲な現実time。

「うぇ!?佳蓮っっ!!いくよ!」

ぐいっと半ば強引に腕を引かれ、ダッシュで体育館へ。

「はぁっ・・」

私はこの彩と一蓮托生の大親友になるなんて、まだ露ほどにも思っていなかった。

「ぎりぎりセーフっと・・・。あ、平気だった??」

気づけば体育館。

「あ、うん・・・??おぇぇぇ」

久しぶりに走ったからか、汚物をリバースしそうになる。

「ええ!?大丈夫・・・?私、中学3年間・・・・・・陸上部に捧げてたから、つい」

私が死にそうにしている隣で息一つ切らさず、むしろ清々しそうな顔で立っている彩。たかが3年間の部活でここまで差が・・・??

「これから、第73回桜坂高校入学式を始める」

気持ち悪さが収まった頃。ちょうどのタイミングでハゲ(校長)が話し出した。

「心地よい桜の舞う春。あなたたちは今日、桜坂高校1年生として・・・・・・・・」

長い話はスルーして周りの様子を窺ってみる。周りを見て思ったこと。やっぱり話を聞いてる人は少なかった。私のように挙動不審な人が7割。立って寝るという器用な芸当を身に付けている人が3割。

「それでは、部活紹介に入ります」

え、もう?高校の部活紹介ってそんなに早いんだ・・・??

「はっろ~~!!桜坂高校大人気の部!!演劇部!部長の島崎 悠磨だよ!!!」

っっっっ!!?え、演劇・・・・・部?

「わ、カッコいい先輩!」

隣の彩が感嘆の声を漏らした。でも、私は舞台を見ることができなかった。それは、2つの意味で。1つは、演劇部なんて大嫌いだから。もう1つは_。

「今日はヒロインなしのシンデレラ!!」

「「はぁ!?」」

驚きのあまりつい舞台のほうに顔を向けてしまった。

ぱち・・・

!!やばい。今、間違いなく・・・。

「な~んていうのは冗談で。ええと、そこのキミ!!」

舞台の上から正確に私のいる位置を指差す部長。

「反応なしかな?そこの黒髪のストレートちゃん!!」

無視しよう。会場の視線を一身に浴びているような気がして眩暈が起きそうだけど。

「か、佳蓮・・・?呼ばれてるよ??」

彩が肩をとんとんと叩いた。

「しっ!ちょっと黙ってて」

「お。聞こえてるっぽいね!ほら、早く来てよ!菊本 佳蓮ちゃん!」

私が舞台を見れなかった理由。もう1つはコレだ。

「うるさいですよ、島崎部長。私は演劇部員ではないので」

私の忌々しき思い出「鳳凰中学」の元演劇部部長、私の1代前の部長だった島崎先輩。この人はチャラい。とにかくチャラくてうざい。関わりたくない。私が人間不信になった原因の演劇部に関わった奴なんだ、あいつは。

「あ、そう??え~、全校の皆さん!!あそこにいる美少女、菊本 佳蓮は演劇の天才です!どこの部もスカウトしないように!あ、あと俺の彼女になる予定なんで、男は近づくなよ?以上!!あ、劇は普通にシンデレラだから。開~演~」

!!!!????あんの馬鹿部長~~~!!!

くらくらする。きっとこういうのを絶望というのだ。

「す、すごい彼氏だね・・・」

「彼氏じゃないっ!!彩までやめて!?」

結局劇なんてまともに見れなくて。他の部の紹介も耳に入らなかった。それもこれも全部あの男のせい。私の平穏無事でひっそりとした高校生活は早くもある男によって崩れてしまった。それが吉と出るか、凶と出るかはまだ分からない。でもこれだけは言える。

『あいつサイッッッッッテーーーーーー!!!!!!!!!!!』



桜坂高校・20xx年・4月・2日

演劇部大暴れ。
一部の女子出血多量。
約1名の女子激怒。
最悪、最高の入学式。




~次の日~

桜坂高校登校2日目。私はすっかり時の人となっていた。

「見て。島崎先輩の彼女さんよ」

「島崎くん、あんな女のどこがいいのかしら」

こそこそ聞こえてますよ!!あと、彼女じゃないっ!なる気もない!!

「おはよう、佳蓮!めっちゃ人気だねぇ」

変わらず話しかけてくれる彩。なんてイイ子なのっ・・・・!昨日、一瞬でも演技使ったことを心から謝るよ!・・・口には出さないけど。

「人気じゃない。これは人気じゃない」

「えー、そうなの?」

そうでしょ!?

「あのクソ部長・・・次会ったら・・・」

ぽんぽんっ

「朝から先輩、いや彼氏の悪口なんて悪い子だね。佳蓮ちゃん!」

で、出た!!KYで自意識過剰でチャラくてうざい島崎 悠磨!!!!

「やめてください。迷惑です、か・な・り!あと、周りに誤解を招くような言葉を使うのも。私、演劇嫌いなんで」

「佳蓮・・・すっごい睨まれてるよ・・・?周りの女子たちに」

言われなくたって分かる。すっごい分かる。痛い視線が刺さってるもん。

「誤解?」

「はい。彼女とか、演劇の天才とか。嘘ばっか」

吐き捨てるように言う。気づかないコイツに腹が立っているから。それと、思い出したくない記憶だから。

「・・・誤解じゃないよ。ホントのことだから。俺が佳蓮ちゃんのこと、マジで好きっていうのと、佳蓮ちゃんが鳳凰中の2年までの実力を見た評価」

2年まで・・・?そうだろうね。2年までなら・・・私も演劇が好きだった。演じるのが楽しくてしょうがないくらい。部長とも先輩後輩の壁を越えて対等に意見が言えるくらい仲がよかった。

「人間の言葉なんて信用しないんで。では」

くるっと背を向けて教室に足を進める。

「佳蓮ちゃんが諦めるまで俺、付きまとうから!!」

なんて言葉が聞こえてきたけど、聞かなかったことにして歩き続けた。

「佳蓮、島崎部長と同中なんだ??」

「うん。同じ演劇部の先輩後輩。私の1代前の部長」

それこそ「付き合ってるんですか?」って聞かれるくらい仲良かった。

「嫌いなの?」

「・・・部長には悪いけど。正直・・・人間自体嫌いで。中学ん時、ちょっと色々あってさ」

部長はチャラくてうざいし、おまけにKYだし。でも嫌いじゃない。鳳凰中の演劇部っていうだけで部長にも拒否反応が出るだけ。「キライ」じゃなくて「イヤ」なんだ。

「そっか・・・。いつか・・・私のこと信用してくれたら・・・過去のこと、話してね。ちゃんと受け止めるから」

「うん。彩のこと信用したい。いつか話すから。待っててね」

私は馬鹿だった。このとき、ちっとも「あのこと」に気づかなったんだから。



桜坂高校・20xx年・4月・3日

〔睨〕女子多発。
チャラ男、ストーカー宣言。
心動く女子、2名。
波乱の予感な1日。




~1週間後~

桜坂高校入学から、早くも1週間が経とうとしていた。入学当初はどうなることかと心配したけれど部長を避け続ける私を見て、周りもいい加減気づいたようで最近は睨まれることも減った。

「おはよう、菊本さん!」

「あ、おはよう。中田さん」

「やだな、飛鳥でいいよ!!私も佳蓮って呼んでいいかな?」

「う、うん!!おはよう、飛鳥」

「か~わ~い~い~!!いいな、彩!今までこんな可愛い子独占してたなんて!!」

あ、飛鳥、彩のこと知ってるんだ?

「あ、こら飛鳥!!私の佳蓮だよ!!」

噂をすれば。彩の登場だ。

「おはよ!」

「はよ~!!も~、ちょっと目を離した隙にぃ~!!」

こうして新しく友達が増えていった。人間不信、だなんて言ったけど実はそうでもないみたいで。私が拒否するのはアイツらだけらしかった。

「彩と飛鳥は知り合い?」

「うん。中学は違うんだけど。飛鳥とは塾が同じなんだ」

へぇ・・・塾か・・・。

「彩、頭悪くてさぁ~。私がいっつも付き合ってあげてんだからね」

「なっ!そ~ゆ~飛鳥、国語全然ダメじゃん!私、国語だけは毎回トップなんだからね!」

だけって・・・。自慢するとこじゃないでしょ。

「あ、佳蓮は塾とか行ってないの?」

塾・・・???

「行ってないよ。私、ここ推薦で受けたし」

「ええ!?佳蓮、ここの推薦受かったの!?」

あ、そうか・・・。ここの推薦って全国でも1、2を争うくらい難関なんだっけ。

「うん。中学時代に部長とか生徒会委員だと有利でしょ?私はそうだったし・・・」

「へぇ・・・。実はすっごく頭良かったりして」

興味津々、といった感じに目をキラキラさせる飛鳥。子供みたいで可愛い。

「まさか。私、勉強ムリだよ??」

「ま、ヤバくなったらいつでもウチの塾においで」

「お~、いいね!!!」

どたどたっっっ

楽しく話してると、不吉な足音が聞こえてきた。

「やば、彩、飛鳥、かくまって!」

2人の背中に隠れる。

「お~っと、セーフ!!うん、時間ギリギリ!!でも会いに来たよ!佳蓮ちゃん!!」

ほら、やっぱりね。

「あ、佳蓮ちゃんといつも一緒の・・・彩ちゃん!佳蓮ちゃん知らない???」

「知りません」

最初は先輩相手におろおろしていた彩だけど、毎日同じことの繰り返しで慣れたみたい。今となっては堂々と「知りません」の一点張りだ。

「嘘だ!彩ちゃん気づいてないでしょ??嘘ついてるとき、癖が出てるの」

「え!?嘘!!!」

「うん、嘘だよ。でも、知ってるんだよね?佳蓮ちゃんがどこにいるか」

腕上げた・・・。反撃できるように・・・。反撃の部長!?

「だから・・・」

「知ってます」

彩の反論にかぶせるように飛鳥が口を開いた。

「ちょ、飛鳥っ!?」

「ここは2階ですよね?3階の女子トイレに行きましたよ」

ほっ・・・。よかった・・・。

「・・・なんで言っちゃうの!?佳蓮が危ないでしょ!!」

「よし、3階の女子トイレだね!ありがとう!!」

だだだだだっっっ

「・・・・・・もう大丈夫そうだよ」

「あ、ありがと・・・」

「あれが例の先輩?入学式のとき、ヤバかったよね・・・」

若干引き気味の飛鳥。

「うん・・・。一昨年はああじゃなかったんだけどね・・・」

「え、佳蓮、あの先輩と同中なの?」

不思議そうな飛鳥。まぁ、そりゃそうよね。

「それは・・・」

「時間だぞ。席に着きなさい」

説明しようとしたところで先生に邪魔される。

「また後でね」

「うん・・・」

そこで一旦別れて席に着いた。