恋?恋なら今してるよ。

脅して、嘘ついて、身代わりでも側にいたいくらい、好き。

こんなに樹くんが好きなのに…

「してないから、僕で間に合わせてるんだっけ」

「そっ、そうだよ!じゃなきゃ頼まないよ」

樹くんがコートのポケットに手を入れて、何かを私に投げる。

「カイロ?なんで?」

手の中には、さっきまで樹くんが握っていたカイロ。

「ビザ、温めるだけでも足温まるから。
こんな寒い日に生足なんて、見てるだけでも寒い」

そんな事言われても、手の中から離すのが勿体ないよ…

掌でカイロの温かさを感じる。

「ありがとう。ねー、今度デートしよ」

「嫌だ。めんどくさい」

「何で即答!?ひどくない?」

「だって、そんな暇ないよ。僕は忙しいの」

「でも、美鈴先生となら予定空けるんでしょ?」

「当たり前でしょ。いつでも空けるよ」

「じゃあ、先生とどこ行きたい?」

樹くんが急に立ち止まって黙る。

あれ?また機嫌悪くなっちゃった?

「…どこでもいいよ。美鈴ちゃんが隣にいてくれるなら。それだけで幸せで目眩がする」

そう言って、樹くんは私なんかに見せてくれない笑顔で、本当に嬉しそうに目を細めた。

その顔が余りにも愛しくて愛しくて、抱き締めたい衝動にかられる。

ぎゅって、ぎゅーって、抱き締めたいよ…

私は、美鈴先生を好きな樹くんが大好きなんだ。

それを見てるだけでも幸せな気持ちで一杯になるもの。

「一度で良いから、手を繋いで歩いてみたいな…」

ポケットから手を出して、樹くんが自分の手を見つめる。

私はその手に自分の手を乗せる。

「何でお手??」

「ワンワン♪」

樹くんの口の端がふっ、と笑う。

あっ、やった!私に笑ってくれた。

「あれ?渡瀬くん、森さん、朝から元気ね」

美鈴先生が、私達ににこやかな笑顔を向けている。

「あっ、みっ…桜木先生、おはようございます」

「おはよう、渡瀬くん。今日は顔色良いね」

美鈴ちゃんって本当は呼んでる癖に、回りにバレない様に苗字で呼ぶんだ。

挨拶されただけなのに、私に向けた笑顔の何倍も幸せそうな笑顔をする。

「あれ?先生、前髪切った?」

「良く気づいたわね。5mm位よ?切ったの」

美鈴先生が自分の前髪を押さえる。

「桜木先生の事なら、何でも。2mmだって気づくよ」

その手に触れたいのを、樹くんが自分の拳をぎゅっと握って我慢してる。

「ヤバイ、早く行かないと遅刻だよ!」

空気を変える様に、私は大袈裟に樹くんと美鈴先生に声をかける。

その声に二人はハッと我に返って、早歩きで歩き始める。

樹くんは何度も嬉しそうな顔をしながら。