「痛い!逃げないから離してよ!」

今だ壁に押さえつけられたままの姿勢。
樹くんは押さえつける手をそれでも緩めてくれない。

結構痛い。壁ドンってこんなに痛いものなの?

「ダメだね。君が昨日見た事を忘れるまで、誰にも口外しないと約束するまで離さない」

この姿勢、押さえつけられている腕の痛みより、樹くんの顔が近くて耐えられない!

やっぱり綺麗な顔してるなぁ…

少し切れ長の目には、シルバーグレーのカラコン。
ボブより少し短めの金髪に、わざと黒のメッシュを入れて斑にしてる。
そして、首からはヴィヴィアンの大きなオーブのネックレス。
指輪もブレスも同じくヴィヴィアンで揃えてある。

いくらデザイン学科がある学校だから、校則もゆるいとは言え、樹くんの格好はめちゃくちゃ目立つ。

だから、入学式で初めて見た瞬間から目が離せなくなった。あの瞬間に恋に落ちてしまった。

「分かった、絶対口外しない!だから離して!」

「本当に?本当に本当?」

私は何度も何度も頭を縦に振り、頷く。

樹くんは信用ならない様な顔をしてるけど、手を離してくれる。

「絶対言わないでね!…あんなのバレたら美鈴ちゃんが辞めさせられるから」

ああ、だからこんなに必死なんだ。
そんなに美鈴先生の事が好きなんだ。

胸の奥がチクッと痛む。

私だって、樹くんの事好きなのに。

…あれ?ちょっと待って、これってチャンスかも。

「そんなに美鈴先生の事好きなの?」

私の言葉に、樹くんの顔がみるみる真っ赤になる。

「でも、あんまり相手にされてなかったよね?」

「なっ、そんな事ないよ!」

「じゃあ、美鈴先生に好きって言われた事あるの?」

「……ない……」

「でしょー?」

普段無表情で、本ばかり読んでる樹くんからは想像できない程、クルクルと変わる。

「でも、好き?って聞いたら頷いてくれたよ!」

「でも、それじゃあ付き合ってるって事じゃないんじゃない?」

「何で!?」

「何でって…美鈴先生は付き合うって答えた訳じゃないんでしょ?」

「それは…」

さっきの壁ドンの勢いはどこえやら。

すっかりしょんぼりして、まるでイタズラして怒られた子犬みたい。

ヤバイ超可愛いー!

「でも、キスさせてくれたよ?」

「でも、近寄らないでって言われてなかった?」

樹くんはショックが隠せない顔をして座り込む。

あれ?ちょっと虐め過ぎたかな?

私は座り込んだ樹くんの正面に同じ様に座る。

「ねえ、今回は私だったから秘密にしてくれるけど、他の子じゃそうは行かないよ?」

「そうだね。ありがとう」

「樹くんが美鈴先生が好きって言うのは、他の人にはバレない方がいいんじゃない?先生に近づくと噂になっちゃうやよ」

「そしたら、側にいられなくなっちゃうよ…」

樹くんは深いため息をついて、突っ伏してしまう。

「ねぇ、ねえ。私に名案があるんだけど、聞きたい?」

ガバッと顔を上げる樹くんに、私はニッコリ微笑んで、そっと耳打ちをする。