「サングリアの白、デカンタで!」

「お?咲ちゃん今日は調子いいねえ」


スペインバルで咲は久々に酒を煽っていた。

酒はそれ程得意ではなかったけれど、飲み始めたらなんだか止まらなくなった。




「結局咲ちゃんはやきもち焼いてるって事?」


さほど酔った風でもなくそう咲に話しかけているのは、

30代半ばから後半くらいの男性。



シンプルな無地のシャツと、きれいめのデニムという

ともすると野暮になりがちなコーデが

この上なく上品にまとまっているのは

程よく筋肉質な体型と、それなりに整った顔

それから質の良い靴と時計のせいだ。



「違いますよ、綾野先生ーやきもちは、私が焼かれたの!」

「その、なんだっけ?舞嶋さんて女の子に?」

「そうです!」


ふうん・・・。と言って

綾野先生と呼ばれた人物は黙って酒を飲む。



そこへ二十代後半とおぼしきOL風の二人組が近寄ってきた。



「あ・・・・あのー」

「ん?」

「もしかして綾野ユキトさんですか?」

「そうだけど・・・」

「やっぱり!あの、すみませんこんな時に。

でも、私達綾野先生がお店に入ってきた時からそうじゃないかなって思ってて。

で、どうしてもサインがいただきたくて・・」


「サインね・・うん、いいよ」

「ありがとうございます!先生のファンで、実は今先生の著書持ってるんですよ!」

「お、嬉しいねえ~。あ、僕の最新作じゃない」


女性が取り出した本の裏表紙にサインをする。


「ほんと、宝物にします!この月道の暗殺者、すごく面白いです!」



一通りわいわいやって、二人組は会計をして店を出て行った。


「ごめんね」

まんざらでもなさそうに綾野は咲に言う。



「はあー」


咲はテーブルに突っ伏す勢いでため息をついた。