「はい、どうぞ」

またしても入れ立ての熱いお茶。平気そうに飲む。
そして、ようやく始業開始。

午前中は、鳴り響く電話を次から次へ取り、メモを書く。出勤していない編集者たちへの伝言が主。
他には取材先へのアポ取りや変更もする。

それからゲラ確認。誤字・脱字を見つけては修正を入れる。
仕事の中では、これが一番気を使う作業。


昼近くなってくると、次第に社員が増えてくる。出勤してきた順に、一人一人、好みの飲み物を配る。熱いのや冷たいの、どっちが好きかも考えながら。

(なにせ、入社して五年だからね…それくらい配慮しないと…)

大事な雑誌作りには参加しないけど、美味しい飲み物を入れることだけは自信がついた。くだらない自信だとは思うけど…。


月曜から金曜までは、そうやって出版社で仕事を繰り返す。そして土曜日は唯一の趣味、ブラスをしに県ホールへ足を運ぶ。
大体いつも午後二時から始まるブラスバンドの練習。私はそこで、フルートを吹いている。

「よぉ!真由!」

髪の毛をツンツンに逆立てた細い眉毛のハル(友田春生)が手を上げる。彼は中学時代からのブラス仲間で同級生。

「真由子、元気?」

同じく中学時代の同級生でブラス仲間のシンヤ(角野晋也)。面長で口が大きい彼は、背が高くて180センチ近くある。でも、何故か運動オンチで歩くのが遅い。

「二人とも早いね。こっちは元気よ」

十七歳で亡くなった元カレの親友たち。今はこのブラス楽団で一緒に音を奏でる仲間。
ハルは子供の頃からずっとホルン。シンヤもずっとトロンボーンだ。

「真由ちゃんヤッホー!相変わらず可愛いね!」

金髪に近い茶髪の人。楽団の団長、柳さん(宇崎柳太郎)。ウエーブヘアを耳たぶの辺りで切りそろえる前は、耳に引っ掛けるようにして括っていた。

「こんにちは柳さん」

左の耳に開けたピアスの穴が三つ。痛くないのかと思ってしまう。

「団長、そのヘアスタイルいいっすね」
「コンマスらしく見えるようになりましたよ」

柳さんは楽団のコンマス。コンマスというのはコンサートマスターの略。演奏を引っ張っていく中心人物。ファーストクラリネットを吹いている。

「そっか?」

まんざらでもない様子。柳さんてホント単純。

「真由ちゃんはどう思う?」
「んー、まあまあいい感じかと…」

目が細くて少しキツそうに見えるから、どうしても元ヤン風なんだけど、それは本人には言えないからね。

「まあまあか。真由ちゃんは手強いな」
「あはは。ごめんなさい」


県が認定しているこの楽団の人たちは、年齢も仕事も皆バラバラ。毎週土曜日が練習日になってるけど、毎回全員が集まる訳じゃない。
そんな楽団に私が通うようになったのは、あの人の誘いがあったから。



「春の定演に向けて、曲決めすっぞー!」

柳さんの声で皆が集まる。ワイワイガヤガヤ。賑やかな面々ばかりが揃っている。