「お待たせしました」

水色のマグカップをデスクの左端に置く。右利きの三浦さんが、仕事をしながら飲めるように配慮した位置。

「まるでカフェみたいだね」

手を伸ばし、カップを握る。香りを少し確かめてから一口つける。

三浦さんのコーヒーの飲み方は好き。カッコ良くて大人の男性って感じがする。

「美味しいよ。ありがとう」

必ずお礼を言う。こんな所も大好き。

「良かった…お仕事頑張って下さい」

まるで他人事みたいに言っているけど、自分もこれから仕事だ。


後回しにしてたFAXの整理を始める。要らない広告みたいなものを原稿の間から見つけ出す。
要不要を見極める。それも大事な仕事の一つだ。

それが済んだら部署内の清掃。デスクの上の荷物を触らないように、ホコリだけを落としていく。

「三浦さん、掃除機かけても良いですか?」

熱心に仕事している人の邪魔になりそうだから聞いた。

「いいよ。こっちは気にしないで」

滅多にいない時間帯にいる方が悪いと気を使ってくれる。こんな優しいダンナさんが家にいるなら、私だって結婚したい。

「すみません。恐れ入ります」

なるべく邪魔をしないように、給湯室の床からかけて行く。三浦さんはその間も、黙々とパソコンに向かってる。
静かな部署内に響き渡る、掃除機とキー操作の音。どこか噛み合わないリズムのように、不協和音を奏でてた。

掃除機をかけ終わる頃、編集長が出勤してくる。

「おはようございます。編集長」

掃除機を手に持ったまま挨拶した。

「おはよう」

五十代前半で、ジェントルマン風な感じの編集長は、私の顔も見ずにデスクへ向かう。自分の席のすぐ近くにいる三浦さんから挨拶されても同じ。素っ気ない感じだけど、何気によく人を観ている。

「編集長、お茶です」

熱い玄米茶。朝一番はこれと決まってる。

「ありがとさん」

飲む前にお礼。これも毎朝のこと。
ゴクゴクと二、三口続けて飲む。よく熱くないなと感心する。

「あー美味い…」

前夜飲み過ぎた時に言う言葉。

「良かったです。もう一杯入れますか?」
「うん。頼む」

おかわりを飲む時は二日酔いに近い時。入社して五年目、同じ部署にずっといると、そんな事も分かってしまう。