続 音の生まれる場所(上)

「真由…ちょっと話さない?」

低い声で囁く。さっきの続きに違いないと、すぐに思った。

「…いいよ…」

二人で歩き出す。胸の奥にしまい込まれていた何かが、溢れ出しそうな気がする。それをぐっと堪えていた。



「…さっき、真由の話を聞いてて…ふと思ったことがあるの…」

寒いから…と言うので入ったカフェ。運ばれてきたカフェラテのカップを手にしたまま、夏芽は話を切り出した。

「もし、今、真由が付き合ってる相手が他の誰かだったら、深い関係になれるのかな…って」

弟に見えるカズ君だからダメだとしたら、他の人ならいいのかと言いた気だった。

「それとも…特定の誰かでないといけないのかな…て…」

特定の誰かが誰のことを言ってるのかは判る。でも、それは考えてはいけない事…。

「どうなのかな…私自身、自分でもよく分からなくて…」

あはは…と笑ってごまかす。夏芽はそんな私を見つめたまま、少し考えてるみたいだった。


「…私がこんな事言うの…変かもしれないけど…」

カフェラテを一口飲んで、夏芽がカップを置く。キュッと閉まっていた口が開いて、こう囁いた。

「カレシと…一度寝てみたら分かると思う…自分が何を求めているのか…」

傷つくかどうかは試してみないと分からない。二の足を踏んだままいても、解決はしない…と、厳しい口調で付け加えられた。

「私は…何事にも一途な真由が好きだけど、今の状況はあまりにも寂し過ぎるし、頼りにできる人が側にいるなら、甘えてみてもいいんじゃないかと思う…。その人は真由のこと、とても大事にしてくれるんでしょ?」

背の高い、あったかい人柄の彼を思い出す。
いつも笑いかけてくれて、心を和ませてくれる。
拒否しても、決して無理強いしたりなんかしない。
私の決心がつくのを、じっと待ってくれてる。優しい人…。

「…うん…勿体ないくらいに…大事にしてくれるよ…」

こっちが悪いと思ってしまう程。情けないと思ってしまう程、我慢させてる…。

「…だったらもう、待つのやめなよ」

切るように言った夏芽の言葉にハッとした。
顔を上げると、毅然とした態度をとられた。

「坂本さんの帰り、待つのやめなよ。見ててこっちが苦しくなる」

泣きだしそうな顔する夏芽の姿が、ゆらりと歪んだ。


涙を零したのは、私の方が先だったーーー。