隣町に着いたのはそれから2時間ぐらいだった。龍泉村から山を挟んだ隣町は海が近くになって、いつでも活気がある。わたしたちはいつもの市場に行って、村から持ってきた野菜を並べる。

「おーい、お姉さん!そう、そこのきれいなお姉さん!龍泉村の野菜だよ!安くしとくから見てってー!」
野菜を広げ終わるなり、ジンタが客引きを始める。人懐っこいから、こうゆうことすごい上手なんだよね。

「龍泉村の野菜だよー!人参、キュウリ、新鮮なのいっぱいだよー!」
わたしもジンタに負けずに声をあげた。



持ってきた野菜はお昼過ぎに全部売り終わった。わたしたちの村の野菜は大きくて美味しいと有名で、持ってくるものはいつも全部売れる。野菜を売った後、わたしたちは市場で買い出しをし、夕暮れになる前に町を出た。



帰りの道は行きよりも軽い。特に今日は根野菜をたくさん持ってきたから、帰りがとても楽に感じる。
「あー、疲れた!今日の夕飯何かなー。な、サチ、うちで食べてく?今日のお昼ご飯はサチが作ってきてくれたんだし。」
ジンタが背を伸ばしながら声をかけてくる。
「うーん、お母さん心配だから...。早く帰らないと。」

そっか、とだけジンタは納得したように言って、それからわたしたちはまた無言になった。
山の中はだんだんと寒くなってきた。夕日のオレンジ色の光が木々の間からうっすら見える。

カラン!

熊よけのために籠につけていた鈴が、突然落ちて、脇道に転がっていった。
「あ!」
わたしは慌ててその後を追う。
それに気づいたジンタとおじさんの足音が止まるのが聞こえる。

山道から数歩木々の間に入ったところに鈴は転がっていた。赤いひもが切れてる。もう、ずっと使ってるからしょうがないね。家に帰ったらお母さんに直してもらおう。
「サチ!!!!」
そんなことを考えていると、突然ジンタがわたしを呼んだ。その声の切迫感に驚いて目を上げると、木々の間に赤い光が二つ見えた。
「サチ!!!逃げろ!!!!!」
ジンタの声がうなり声にかき消された。うなり声の正体は、真っ赤な瞳で真っ白の毛をもった熊ほど大きい山猫。わたしたちは雪山猫と呼んでいる。ずっと昔からこの辺りの山に住み着く化け物だ。夜になるとどこかからか出てきて、人を襲う。


そんな...。まだ夕日は沈んでないのに!
わたしが慌てて山道の方に戻ろうとすると、いつの間にか雪山猫がわたしと山道の前に立ちふさがった。
「サチ!!」
恐れをにじませたジンタの顔が、雪山猫の肩越しから見えた。わたしは雪山猫から離れるよう、山の中に走りだした。
こわい...。後ろから雪山猫の足音が聞こえる。逃げ切れるはずがない。きっと、山の中を逃げ回るわたしをおもしろがって見てるんだ...。殺す前の余興のように...。
「サチーーー!!!」
わたしを呼ぶジンタの声。こわいよ。ジンタ、助けて!!


そう思った瞬間、走っていたわたしの足下が突然崩れた。


「きゃ!」
目の前が真っ暗になる。何も見えない。でも、体がものすごいスピードで落下していくのを感じた。
体があちらこちらにぶつかり、わたしは何度か気を失いそうになった。


「...っ!」


痛みで声も出ない。わたし、このまま死んじゃうの?