「馬鹿者が...。」
カナタという龍が見えなくなると、アオがぼそりといった。
「お前は俺の命令の一つも聞けないのか。」
立ち上がりながら言うアオは、とても疲れているようだった。
「ごめんなさい。でも、どうしても心配で...。」
「俺の身を案じる前に自分の身を案じろ。もしもカナタ様のご機嫌が悪かったらお前は...。」
アオは何かを言いかけてやめた。そして、傷ついた胸を押さえながら壊された拝殿の壁に歩み寄る。彼がそっと手をかざすと、開いていた壁の穴が一瞬だけ光で輝き、光が治ると元どうりになっていた。
「すごい...。アオ、こんなこともできるんだ。」
「黙れ。さっさと中に入れ。」
怒りを含んだアオの声が怖くて、わたしは何も言わず、アオに続いて拝殿の中に入り、戸を閉じた。急に暗くなったと思ったら、神殿に置いてあった行灯の光が一つずつ灯されていき、光がこちらにも届いた。
アオは何も言わずに神殿に入っていくと、そのまま床に倒れた。

「アオ!」
わたしが慌てて駆け寄ると、アオは苦しそうに胸を押さえていた。
「アオ、こんな傷すぐ治せるでしょ?ほら、わたしの傷も治してくれたじゃん。」
わたしの声に、アオは弱々しく笑った。
「龍にも弱点はある。黄金だ。俺は青龍。龍の中でも最弱である青龍は黄金に最も弱い...。触れれば肌が焼け、間違って飲み込んでしまえば命に関わる。」

そういえば、あのカナタって龍の鉤爪は金色だった...。

「天界には他に様々な龍がいて、それぞれ力は違う。その中でもカナタ様のような緋龍は龍族の中で最強。緋龍は黄金に触れても何も感じない。だからあのように黄金を鉤爪に塗ることができる。」
「じゃ、じゃあアオの傷は治らないの?」
「...治るが、時間がかかる。」
「傷、見せて。」

わたしが言うと、アオはこちらを睨みつけ、胸を押さえていた腕に力を入れた。

「見てどうする?これは人間の薬では治らん。」
「わかってるけど...。とりあえず見せて。ほら。」
わたしはアオの腕にそっと手をおく。アオは渋々と腕から力を抜いた。
緩んだ着物をそっと開くと、アオの色白な胸に三本の大きな傷があった。それほど深くはないけど、焼き焦げたような傷は目をそらしたくなるほど痛々しかった。
「動かないでね。」
わたしはまだ睨んでいるアオにそっと微笑んで、傷口のそばに片手をおいた。アオの胸はいつも以上に熱かった。わたしが触れた瞬間、一瞬アオは痛みに体を強張らせるが、すぐに大きくため息をついた。
「わたしの手、冷たいから。これで少しは楽になるでしょ?」
「ああ...。」
アオは小さな声で答えると、目を閉じた。わたしはもう片方の手もそっとアオの胸にのせた。アオの体温が手に伝わって来る。


「アオ、どうしてさっきの緋色の龍はアオにこんなことしたの?」
「カナタ様、あの方は俺を...。」
アオは言い終わらないうちに眠ってしまった。


そうして、帰郷祭りの一日目が過ぎていった。