「りゅうせんざーんの龍の子は〜。」
村を出て30分ほど。きつい坂道を上りながら、ジンタはずっと村に伝わる童謡を歌っていた。ジンタのお父さんはわたしたちの前を何も言わずに歩いていく。わたしの背中には野菜がたくさん入った籠。山の中はすこし涼しいはずなのに、わたしの額は汗でびっしょりだった。
「あ、もうすぐ神社だ!親父、お参りしてってもいい?」
ジンタの問いにおじさんはうなずいて、何も言わずに神社のある脇道にそれていく。それほど歩かないうちにわたしたちは龍神様の神社の前に着いた。

龍泉山はどこも木々や竹が生い茂っているけど、神社の周りだけは広い野原になっていた。それは昔から、龍神様が降り立ってくるから木々は生えないんだと云われてきた。


「あー気持ちいいー!やっぱりここはいつ来てもいいねー!」
背負っていた籠を下ろして、ジンタは草原に寝転がる。わたしは神社の前に行ってお参りをする。
お母さんの具合が良くなりますように...。

野菜を売りにいくたびにこうしてお参りしてる。もう3年目だけど、お母さんの具合はよくなるどころか悪くなっていくばかりだった。

わたしがそんなことを考えていると、パンパンと勢いよくたたく手の音が聞こえた。
目を開けて隣を見ると、ジンタが目をぐっと閉じてお願いごとをしている。わたしの視線に気づいたのか、ジンタは目を開くとそのままニッと笑った。

「俺もおばさんが元気になるようにお願いしたぞ。」

そうして神社の入り口の方で待っているおじさんのところにジンタは歩いていった。

わたしも後をついていく。二人分のお願い、聞いてくれるかな...。龍神様。本当にいてくれたらいいな。
「ありがとう、ジンタ。」
わたしが後ろからぼそっと言うと、ジンタは振り返って笑ってみせた。


この笑顔、わたしは小さい頃からずっと見てきた。子供のときから変わらないね。
「お礼なんていいよ〜。あ、お嫁さんになって!」
意地悪そうに言うジンタの頭を傘帽子でたたいた。


最近ジンタはこういう冗談が多い。お嫁さんなんて...。お母さんが心配でそんなこと考えられないよ。だけど、わたしも今年で16歳。考えないといけないんだろうな。
ジンタ...。ジンタみたいに働き者で、一緒にいて楽しい人がいいのかな。でも、ジンタはちょっと前に村の娘から縁談があったみたい。かわいくて、裁縫が上手だって言ってたっけ。

「なに考え込んでるの?」ジンタが心配そうにわたしの顔を覗き込む。
彼の黒い瞳が木々の間からこぼれる太陽の光でキラキラ輝いて見えた。
「な、なんでもない!」わたしは持っていた傘帽子をかぶって、前を歩いていたおじさんの方に歩いていった。