ここは龍泉山の麓にある龍泉村。小さい村だけど、土地は肥えていて作物は育ちやすく、近くの川では魚も採れる。村の人は昔から、これは龍泉山に住む龍の恵みだと言って、信仰をもち、その龍のために神社まで建てて、夏の終わりには毎年お祭りも開いた。
わたしはこの村で子供の頃からお母さんと二人暮らし。
お父さんはわたしが生まれてすぐに漁の最中に亡くなってしまったそうだけど、毎日忙しくて寂しさはそれほど感じなかった。



「サチー!支度はできてるかー?」
朝ご飯を食べて、片付けを済ましたころ、外からジンタの声が聞こえた。

「ごめん、もうちょっと!」
わたしが大きな声で答えを返すと、ジンタが突然わたしの家の戸を開けた。

短い黒髪に色黒の肌。二つ年上のジンタはわたしの幼なじみで、この村でも人一倍の働き者。今日はジンタとジンタのお父さんと隣町に野菜を売りにいくことになっていた。

「ちょっとジンタ!まだ支度してないって言ったじゃん。勝手に開けないでよ。」
「おばさん、おはよ!今日はちょっと元気そうだね。」
ジンタはわたしにかまわずお母さんに声をかける。
「ジンタ君、今日はサチをよろしくね。」
「任せといて、おばさん!サチは俺の将来のお嫁さんだから、大事にするよ!」
「ジンタ!変なこと言わないで!」
わたしがふざけるジンタの頭をひっぱたくと、ジンタは笑いながら外に逃げていった。

「まったく...。ごめんね、お母さん。そろそろ行かなくちゃ。無理しないでね。つらくなったら体休めてね。」
わたしは傘帽子を手にとり、手を振るお母さんをおいて、家を出た。