だが、そこにいるはずのミウは忽然と姿を消していた。どこを見渡してもミウの姿はない。ユキが入ってきた扉以外、体育館の扉は全て締め切られている。扉を開ける音も、ミウの足音も、おれは一切聞いていない。
あり得なかった。

マジックか、はたまた神隠しか、どちらにせよこんな高校の体育館で見るには異常すぎる。
校舎の周りに植えられたソメイヨシノが、風に吹かれざわざわと揺れた。その音に合わせて、何故かおれの胸のあたりでも、得体の知れない恐怖がざわめきたった。

ユキはボールを両手で握り締めたまま、凛とした顔で見えない何かを見つめていた。力強く悲しい瞳。
おれは恐る恐るユキに話しかけた。

「ユキ?」

ユキの右目から一筋の涙が流れる。

「やっと会えた。ここにいたんだねミウ」

おれはユキの涙の意味を聞くのが恐くて、今すぐ逃げ出したくなった。だが、一度空中に放たれたボールは、その結果がどうであれ、誰にも止めることは出来ない。おれはガッチリとボックスアウトされたようにその場を動けず、ただそのボールの行く先を眺めるしかなかった。