…カロロン
「いらっしゃいませ」
軽やかなベルの音。それに一拍遅れて、穏やかで優しげな男性の声が店に入った私を迎えた。
入り口の左側にあるカウンター。そこに、笑みを浮かべた二十代中頃ぐらいの男の人が立っている。白いシャツと、黒のタイにベストにエプロンにボトム。モノトーンな制服が、背の高さとスタイルの良さを強調している。
「お好きな席にどうぞ」
そう声をかけられて一瞬迷った後、カウンターの一番端に座ることにした。足元、壁につけるようにして、トランクを置く。開店してまだ間がないからか、店内に他のお客さんはいなかった。
「どうぞ」
水の入ったグラスと、おしぼり、メニューを渡される。メニューを開いて、迷わずブレンドコーヒーを注文した。
「かしこまりました」
メニューを受け取ると、男の人は一礼して支度を始める。
コーヒーを待つ間、手持ちぶさたから私は店内のあちこちに視線を向けた。白を基調にした明るく開放的な店内。壁には等間隔で水彩画の入った額縁が並び、片隅には観葉植物の鉢。
窓の外に目を向ければ、通勤の時間帯だからか忙しげにたくさんの人が行き交っている。だけど、こちら側は静かでひどくゆったりとした時間が流れている。同じ朝のひとときなのに、たった一枚の壁を隔てただけで、こうも流れる時間が違う。
「おまたせいたしました」
再びもたげてきた夢の世界に半ば浸っていたらしく、その声ではっと目が覚めた。コーヒーの香りが、鼻を擽る。
静かにコーヒーが置かれた。次に小さなミルク入れ。コーヒーの黒い水面に、天井と自分の眠そうな顔が映る。
「こちらはモーニングです」
コーヒーとはまた違う香ばしさを感じて顔を上げると、白い皿が置かれた。斜めに切られた厚切りのトースト、ゆで卵、サラダ。思わず、小さくお腹が鳴った。聞こえていたらどうしよう。恥ずかしい。
「飲み物を注文されたお客様に、朝のサービスとなります」
