右手をまた女性に向けて伸ばす。
届け、届け。
だが無惨にも、車の扉はバタンと閉まり、女性と僕の間を遮断した。
助手席側から顔を出していた男は、フッと不敵に笑うと、車を走らせるよう中の者に合図した。

ブロロロロ…

今日一番の強い風が、一度だけで無く何度も僕に吹き付ける。
黒い車から排出される煙が、視界を黒く染める。
強く目に残像を残した、大きな赤い花が舞ったように、風に飛ばされユラユラ宙を揺れる鍔の広い真っ赤な女優帽。
その先ほどの残像が、黒い煙によって打ち消された。

ーー、ああ、無力なり。

僕は女性の手を再び掴めなかった右手を見つめた。
女性の垣間見た優しい微笑みを思いだす。
その微笑みだけは、僕の心に黒い煙で消されること無く、まだ鮮明に残っていたのだった。



「あの帽子見つけて、またいつか返さないとな…。」



一章end...