「…先生。」




しばらく立ったまま数学教師の話を聞いていた家康がゆっくりと口を開く。さきほどから一切表情を変えず、嫌味に対しても恐ろしく冷めた顔で前を向いていた。




「どうした?三池?答えが分かったのか?」




生徒たちの間に、家康に対する期待感が膨らむ。しかし、その膨らんだ期待感はすぐに割れた。




「いえ、全く分からないです。お手上げです。」




「ハハッ。そうか。お手上げか。なんか秀才のお前に言われると気持ちが良いもんだな~なんてな。冗談だ、冗談!この問題は正直難しい。東大レベルかもしれんな。分からなくても仕方ない。」





「はい、難し過ぎます。…というより、無茶苦茶です。解けるわけありません。」




空気が一瞬で変わり、ニヤニヤしていた教師の表情も少しだけ固まる。




「…どういう事だ?無茶苦茶というのは?」




「公式が成り立っていないんです。」




「え!?」と慌てて、黒板に書いた公式を確認しだす教師。




「成り立っていないですよね?恐らく、僕の考えでは、先生…そこの『4x』と『4y』を書き間違えているんじゃないかなって?」




生徒たちがクスクスと笑い出す。その声に気付いた教師は再び生徒たちに振り返り、ギラッと睨みをきかせた。




「あっ…そ、そうだな…。さ、さすが、三池だ!書き直そう!」




教師は動揺を隠せないまま、黒板に書かれた公式を黒板消しで急いで消して、再度チョークを走らせた。その背中に向かって、家康は続けた。




「いやー、驚きました。先生でもそんな初歩的なミスを犯すんですね。東大レベルとおっしゃっていたんで、東大はこんな無茶苦茶な問題を出す大学なのかと幻滅しかけていました。良かったです、先生の初歩的なミスで。正直
、東大出身じゃない先生が、何故東大レベルが分かるのかという疑問も抱きましたが、まぁ、そこはあまり深く考えないようにしました。」




チョークの文字が震える。途中何度もチョークが折れる音が聞こえる。




「先生。そんな字じゃ読めませんよ?」




「三池!!!貴様ーーーーー!!!」