私の弟が、信じられないことに勇者にしか抜くことができない、聖剣を抜いたという知らせを王都からの使者によってもたらされた。
王都から遠く離れたこの辺境の村にその知らせが届いたのは、弟が剣を抜いてから3ヶ月たっていた。



私と弟は魔族との戦争に故郷を焼かれて、この村に流れ着いた。
ボロボロだった私達が今まで生きてこれたのは、ここに住んでいたお婆さんが私達を引き取ってくれたから。
お婆さんは歩けない程ではなかったけど、日常で困ることも多々あるから手助けしてくれるものがいれば助かると、泥と垢にまみれた私達の頭をそっと撫でてくれた。


そんな優しいお婆さんに恩を返そうと、私たちは必死に働いた。
とはいえ、子供のすることに限界はがある。その最たる問題か食料だ。

村人達は、よそ者である得体の知れない子供に容赦が無かった。
そこにいるだけで、暴力を振るわれ罵声を浴びせられる毎日。
戦争でいつ巻き込まれるのか、魔族に不意に襲われる村だってある。元々痩せていたこの土地に食料も十分はなく、その鬱憤が全て私達に向けられていた。ちょうどいい発散になったのだろう。
私達は、いつだってあおあざだらけの傷だらけだった。
森にわけ入って、森のケモノに恐怖しながら朝から夕方まで駆けずり回って得た少ない木の実や山菜でさえ毎回奪われた。


それでも、お婆さんはいつもお帰りといって抱きしめてくれた。
守ってやれなくてゴメンねと泣いてくれた、優しいお婆さん。
それだけでよかった。
痛いのも苦しいのもお腹がなるのも全部我慢できる。
だって、お婆さんが居なければ私達はどのみち死んでいたのだから。


 


それから数年立つ頃には、私も弟も村人達の暴力を避けられるようになったし反撃もできるようになった。
食料だって奪われることは無くなった。私達がにはもう暴力や理不尽は効かないのだとわかった村人達は、その腹いせにお婆さんに暴力をふるおうしたこともあったけど、100倍返しをしてやったら大人しくなった。
顔を合わせれば厭味の10や20は言われるけど、命がおびやかされる恐れる事が無くなった。



そんなやっと手に入れた平穏をかみしめている時だった。
「姉さん、婆さん、俺王都に行こうと思う。」
「何を言っているの?魔法も使えないくせに兵隊にでもなるつもり?」
「急に、どうしたんだい?なにかあったの?」

最近、とうとう立てなくなってしまったお婆さんと一緒に振り向けば、真剣な眼差しと視線がかちあった。
「魔法が使えないのに兵隊になれるわけないだろ。姉さん、俺は本気なんだよ。」
「な、に、冗談なら、冗談って早く言わないと姉さん怒るよ?」
「・・・・・・・・・俺、ずっと考えていたんだ。この村は俺達を受け入れてはくれない。俺達は婆ちゃんに育ててもらって、一人でも生きていけるようになった。だから、この村を出ていこうと思う。」
「さっきから何わけのわからないことを言っているの?!お婆さんが私達にしてくれたことをわすれたとでも言うの?!恩をあだでかえすような、そんなことよくも言えたわね!!」


振り上げた右手を、なんなく弟に止められるた。
いつからこの子の力はこんなに強くなったのか。


「もう、姉さん。最後まで話を聞かないのは姉さんの悪い癖だよ?」
「あんたがわけのわからないことを言うからでしょうが!」
「まあまあ、この子なりの考えがあるんだよ。まずは話を聞こうじゃないか」


お婆さんにいわれれば、頷くしかないじゃない。
渋々右手の力を抜けば、弟も手を離してくれた。捕まれていた手首のところがジンジンする。

「さっきも言ったけど、この村には姉さんと俺の居場所がない。そのせいで婆さんにも迷惑をかけているのも姉さんならわかっているだろ?」
「それは・・・・・・」
「だから俺は、姉さんと婆さんと俺を受け入れてくれる場所で暮らしたいんだ。そのために王都にいって金を稼ぐ。」
ぐ、と拳を握った弟にを呆然と見上げた。
私は姉の癖に、そんなことかけらだって考えつかなかったのに。
いつのまにか守られるだけの弟ではないのだと。
「あらまあ、それはえらく豪気だねぇ。でも、一歩外を出れば無法地帯だよ。私はお前に危ない目にあってほしくないねぇ。」
「婆さん、俺ももう子供じゃない。自分の身くらいは守れるさ。姉さんと、婆さんもってなると厳しいけど王都にいって仕事しながら武術も習って強くなってくるから!だから、お願いだ!俺を王都に行かせてくれ!」


がば、と土下座して許しを待つ弟に私がはなんて返したらいい。
故郷を追われたときも、死にそうになったことも、生きる希望にみっともなくしがみついたのも、殴られたのも、辛いのも苦しいのも、全部一緒だった。これからもそうやって毎日過ごすんだって何となく思っていたのに、あんたは全然違うことを考えていたんだね。
もっと、先のことを考えてくれていた。そのために、先頭に立って道を切り開こうとしてくれている。
なら、私の言えることは一つしかないじゃない。ばかちん。

「わかったわ。」
「姉さん!!」
ガバッと抱き着かれて頬にキスされる。仕方がないから私もキスを仕返して、お婆さんに向き直る。
お婆さんは微笑ましいものを見るようにニコニコとしているのが居心地悪い。
「ごめんなさい、お婆さん。この子の分までいっぱい働くからこの子の王都行を許してもらえませんか。」
「私に構わず、貴方達の生きたいように生きなさい。こんなご時勢だもの。遠慮していたら次は命がないかもしれないんだよ。どうせなら、思いっきり生きなさい。」
「婆さん!!俺、俺、婆さんが拾ってくれて本当に感謝しきれないほどだよ。だから、待っていて。必ず、必ず迎えに来るから!」

















そう、言っていたのに。
なんでこうなった。

「あらあら、あの子ったらずいぶん大層な仕事に就いたのねぇ」
お婆さんは、くすくす笑っているが笑いことじゃない。
私達を迎えに来るっていう約束はどうなった。勇者、なんていつ帰って来るかもわからないし、死ぬ確率が高いじゃないの。なんで、なんで。




その知らせが届いたと同時に、村の連中の態度も180度変化した。
気持ち悪いくらいにこちらのご機嫌取りをするもの、焦ったような恐れるような視線を寄越すもの。様々だった。
共通して言えるのは、私達にたいして腫れ物を扱うように接して来るという事だ。
まあ、気持ちがわからないでもない。
あれだけ過去から現在に至るまでの間の暴力と嫌がらせの数々。思い出しただけでも気分が悪くなる。
そう、彼らは恐れているのだ。勇者からの報復を。ここには居ない、それどころか遠く離れている場所で戦っているだろう弟を恐れるなんて。
くだらない、と思う。
が、嫌がらせや厭味をされない言われないということはいいことだ。

そう、いいことのはず。















なのに、どうしてこんなに胸がざわつくの。













勇者の知らせを受けてから二ヶ月。
村に月に一度来るか来ないかの行商人が二ヶ月ぶりに来てくれて、にわかに活気づく村人達。
村人達が行商人に群がる前に、商人には何としても教えてもらいたい事があった。


「あのっ!」
「お、おまえさんか。傷薬だったら最近いいのが出回ってんだ。湿布は悪いが切らしちまってなぁ。」
「傷なんてどこにもないでしょ、どこに目をつけてるの?もう大丈夫だって言ったじゃない。」
「いやー、お前さん達がこの村には住み着いてからずっと血だらけだったもんだからついつい、な。ま、挨拶みてぇなもんだよ!元気そうで何よりだ。婆ちゃんの容態はどうだい?」
「・・・・・・・・歩けなくなってから、目に見えて衰えているわ。食事も細い。かといって、足以外に悪いところも無いようなの。」
「そらぁ、気のもんだろうよ。人間、寝たきりになると後は転がり落ちるからな。だからって、おまえさんまで陰気になっちゃいけねぇよ?転がり落ちるのは止められねぇが、遅くすることはできるんだからよ。」
「どうすればいいの?」
「そうさな、たくさん話しかけて刺激を与えてやることだ。自分で出来ることはどんなに時間がかかってもさせること。あとはいつもの痛み止めの薬と、この新商品の滋養のつく薬を飲ませることだな!お前さんなら、これくらいの値段でいいぜ?」
さっと、指をたてられて思わず苦笑してしまう。
しかも高い。私にとってはすごく高い値段だ。



「抜け目がないんだから。痛み止めの薬だけでいいわ。それもこれくらいにしてよ。」
「っかー!お前さん、それはあんまりだぜ?戦争が激しくなって、薬関係は軒並み値上がってんだよ。今日の分だって情報がはいらねえこの村だから、前の値段で出してるんだ。これっぽっちもまけるつもりなんてないね!」
「戦争、激しくなってるの?勇者が魔王を討伐しに行っているんでしょう?」

聞きたかった勇者の安否。今どこで何をしているのか、元気にしてるの?あの子は生きてる?
何気なくを装って聞いてみる。そろそろ村人が集まってきた。早く教えて。 


「ああ、そうなんだよ!勇者があらわれたってんで、魔王は焦ったのか各地で魔族からの猛攻撃が始まったんだ。各地はそんなんだが、勇者様御一行は真っすぐ魔王城に向かっておられるようだ。勿論、行く先行く先で魔族に襲われている村や街を救ってくださいながら、だがな。勇者様の使命は魔王討伐だから関わらずに魔王まで一直線に行けばいいのに、お優しい方だよ。」

そう、あの子は誰より優しい自慢の弟だ。
そんなこと、姉である私がいちばんよく知ってる。
まだ勇者の武勇伝を熱く語りつづける行商人に断りを入れて、集まってきた村人の間を縫うようにして家へと帰った。



よかった、本当によかった・・・!


あの子はちゃんと、生きている。
もう、それだけでいい。あの子は私のたった一人の肉親なのだから。
家の中に入って、真っ先にベッドの上のお婆さんに抱き着いた。
ボロボロとこぼれる涙が、布団を濡らしていく。

「おばあ、さん。ごめんなさい。薬、買ってくるの、忘れてた。あと、でもう一度、行ってくるね。」
「おやおや、どうしたんだい?そんなに泣くとここに水溜まりができてしまいそうだよ。」

そういいながら私の頭を優しく撫でてくれる手の、なんて小さいこと。

「あの子が、生きてるって・・・・ちゃんと、元気にしているみたい。」
「ふふふ、そうかいそうかい。それは嬉しい知らせだねぇ。じゃあ、そんなにいつまでも泣いていちゃあの子に笑われてしまうよ?さぁ、涙を引っ込めるんだ。」
「うんっ・・・・・・・・・!」





あの子が生きていて嬉しい。
でも、この胸のざわつきはまだおさまらないの。
だから、だからはやく帰ってきて。私達を迎えに来て。
お婆さんだってこんなに小さくなってしまったのよ。


いつまでも待っていられるわけじゃ、ないの。
刻一刻と迫って来るその時に、私一人じゃ堪えられないかもしれない。
いつだって、どんなときだってふたりで乗り越えてきたじゃない。途中からお婆さんも入って三人になって。でも、お婆さんがいなくなってしまったら私は誰と分かち合えば良いの?


どうか、神様。
あの子が帰ってくるまで、私とお婆さんを守って。