芳江の脳裏に、これまでの人生が蘇る。

結婚して30年あまり、
彼女の人生の大半はこの夫であった雄二と一緒だった。

子供が生まれ、成長し、やがて独立してしまってからは
再び二人だけの生活が始まった。



「まさか…こんな日が、こんなにも急に来るなんて…」

芳江はまだ、突然訪れた「夫との別れ」が信じられなかった。



「あなた…ネコまで、いなくなっちゃった…」


芳江は眠る夫に話しかけていた。

あなた…
見合い結婚で
最初に会ったあなたは無骨な印象だったけど
一生懸命に笑顔を見せるところに誠実さを感じました。

案の定
結婚してからは、めったに笑顔を見せず、
いつも、あなたはムスっと難しい顔してましたね。

経営してた自動車修理工場を朝早くから夜遅くまで働いて
指定工場にまでしたのに…

二人の息子は後を継がずに家から独立してしまいました。



その二人も、今日来てますよ。

お陰様で孫にも恵まれ…
私は幸せでした。

でも…
いろんなことありましたね

従業員の給料を払うために
必死で銀行の融資担当者に頭を下げていたあなた

わたしは後ろから
そんなあなたに頭を下げました

長男に続いて
次男まで家を出て独立したいと言い出したとき

あなたは黙って
次男を駅まで見送りましたね

今回、病気で倒れるまで、
朝早くから夜遅くまで油まみれで働いて

大好きだったビールを
1日に大瓶一本だけ空けて

隣の部屋から孫たちの声が聞こえてきます

孫には
だらしないまでに甘かったあなたにとって
明日は
良い葬儀になりますね

あなた
頑張りましたね

わたし達家族のために
会社のために

ほんとに頑張ってくれましたね

あなた…





ほんとに…




ほんとに…







「お疲れさまでした」




そのとき

静かに眠る夫の顔に
芳江はお見合いのとき見た
はにかんだ笑顔がうかんだような気がした。