「遅くなったけど、大丈夫?」

泉水が少し振り向いて聞いた。

「うん。うちの旦那さん帰ってくるの遅いから。」

「いつも?」

「うん。」

泉水はそっか、と呟いてまた前を向く。

「ねぇ、私本当に一人で帰れる。」

「…」

それは聞こえないのね。
諦めて歩き出す。

「ライヴの間、なに考えてた?私、見えた?」

「ライヴ中はなんも考えてない。てか考えられない。恵玲奈はぼんやり見えた。」

「そうなんだ。」

「恵玲奈は?何考えてた?」

「泉水が楽しそうだなーって思って見てた。」

私がそう言うと、泉水はもう一度振り向いて、楽しそうに笑った。

結局、泉水はうちのマンションまで送ってくれた。

「恵玲奈、あのな。」

「ん?」

「ライヴ終わったし、ちょっと暇になるけど…。どっか行きたいとこ、ある?」

「連れてってくれるの?ほんとにほんと?」

泉水の言葉に思わず数回跳び跳ねてしまう。

「ほんと。どこ行きたいの?」

「水族館!」

泉水はいいよ、と笑う。

「また連絡する。」

泉水はそう言って手を振ると、来た道を戻っていった。

その寒そうな背中が見えなくなるまで、見送った。
私は寒くなんてなかった。
ライヴの興奮や水族館の約束で、今日は絶対に寝られないだろう、と確信した。