世の中には、私の知らないことがたくさんある。

泉水の弾くモンゴリアンチョッパーズを聞きながら、
そう思う。

チャーリーは泉水にくっついて丸くなっている。
こうしていつも、体の一部が必ずくっつくようにして寝る。

今日は新月だ。

「そんなにおもしろい?」

いつの間にか、身を乗り出してみていたらしい。

あぐらをかいでギターを弾く泉水の前で三角座りをして、私はずっと泉水の指を見ていた。
正確に言うと、見とれていた、だ。

「うん。泉水の指ってすごいね。
すごく早く動く。」

「こんなのギターしてるやつなら普通。」

「ふうん。そうなんだ。でも、ありえない指の形するでしょ。」

「ありえない形?ああ、これ?」

泉水は左の指をあちこちに曲げてギターの弦を押さえた。

「そうそう、それ。」

泉水によると、それはFコードというもので、
「結構な数の初心者がここで挫折する」らしい。
確かに難しそうだと思う。

「私みたいに指が短いと無理だよね。」

「そんなことないよ。工夫しだいでなんとでもなるよ。」

泉水はそう言ったけど、私には一生無理だと思う。
だって泉水は指が長いもの。
私よりもずいぶんと。

「私ね、ギターがこれひとつでこんなに大きな音が出るって知らなかったの。
それにね、こんなにたくさんの音がでることも、こんなに音がきれいなことも。」

「今まで生で聞いたことないの?」

「ない。あ、オーケストラとか吹奏楽とかならあるけど。」

「そっか。じゃ、ライヴ来れば?」

「ライヴ?誰の?」

「俺のバンド。」

泉水はさらりとそう言って、ギターの弦を今度は一本ずつ弾き始めた。

「え?泉水、バンド組んでるの?」

泉水はうん、と言いながら、首をぐるりと回す。

「ライヴではモンゴリアンしないけど、それでも良かったら。」

「なにやるの?」

「オリジナル。」

「オリジナル?誰が作ってるの?」

「メロディは俺、それにボーカルのやつが適当に英語の歌詞つけて歌ってる。」

「泉水、作曲できるんだ。」

「まあ・・・。」

「バンド名は?」

「オーガスタス」

「オーガスタス・・・」

「そう。」