「え?なんの話?」
あの日の部活終わりの放課後。それまで柚仁は、透の息が白く染まるのを見つめていた。
明後日昼ご飯はどうするの?、柚仁の問いに透が答えた瞬間、闇が一段階深まったような気がした。
「…そっちから誘ったんじゃん!」
予想外の返答に、寒さとは関係なく震えそうになる声を必死に抑えながら、心の奥底の方から湧き出るなにかを必死でごまかしながら、柚仁は少し笑ってそう言った。
「え、そうだっけ。…そっか、土曜授業の後、とか俺言ってたなぁ」
透は声色を変えず喋っていた。日が落ちるのがすっかり早くなっていて、辺りは真っ暗。表情は見えない。
思い出してくれてよかった、そんな柚仁の安堵は束の間であった。
「そんなにその映画見たい?」
「え?」
目尻が少し冷たくなったのを、柚仁はさりげなく拭った。
透の言葉の合間に自分の足音が妙に響いた。手で押している自転車のペダルが時折足にあたる。
その時は気づかなくても後で傷が付いていることがあるから、気をつけなきゃ。
「俺、他の奴と遊びに行こうと思ってたんだけど。」
透の言葉が、先端に刃を付け、私の心に刺さった。
もう喋らないで。柚仁は心の中で叫んだ。奥から湧いて出る何か。何かはわからないけれど初めてではない感覚が、ごまかしきれないほどに湧いていた。
言葉を発せない柚仁に、透は明るいままで追い討ちをかける。
「すっかり忘れてたわ。」


