「バカだなぁお前。
逃げ出したいのなら、もっと賢い方法があるだろう」

近くの木にもたれて腕を組み、尊大に鼻を鳴らしているのは、見知らぬ少年だった。

セレイアよりいくつか年上だろうが、まだ幼い、黒髪の少年。

顔立ちが美しいのは一目見てわかった。

だが、知らない顔だ。

「あなただれ?」

セレイアが小首を傾げて尋ねると、少年はまたふんと鼻を鳴らした。

「お前に名乗る理由がないな」

その偉そうな態度に、セレイアはちょっとむっとした。

「じゃあ私だって名乗らないわ。
この壁だって、自分で越えて見せるんだから、邪魔しないでよね」

セレイアはそう言って、再び壁にへばりつき始める。

しかしいっこうに進展がない。

少年はその様子をしばらく見ていたが、やがてふうと大仰にため息をついた。

「まったく…本当にバカだなお前。
もっと頭を使え頭を」

「な、なによぅ」

「見ていろ」

少年は屈み込み、せっせと地面の雪を集め始めた。

とんとんと叩きながら、形を整えていく。

そして見る間に見事な階段を作り上げてしまった。

目を丸くするセレイアの前で、少年は自らその階段を上り、さっと手を差し伸べてきた。

「ほら、来い。
これで、逃げられるぞ」

差し伸べられた、手。

想いは、この時から始まったのかもしれない。

その手を初めてとった、この時から。