ディセルは泣き出しそうになるのをぐっとこらえて、静かに声を出した。

「ヴァルクス王太子は…帰ってきていないんだな」

するとセレイアは、きょとんと目を丸くした。

何をばかなことを言い出すのかと言いたげに、わずかに微笑む。

「いいえ。帰ってきているわ。今はちょっと外しているだけで―」

「違う」

ディセルのぴしゃりとした断言に、セレイアは黙った。

二人の間を冷たい風が吹き抜け、風に混じった雪が二人を打つ。

窓を開けたのはセレイアだろう。

きっとあまりにも寂しくて…雪に触れたかったのだろう。

「ヴァルクス王太子は、遠征になど行っていない」

「…………」

「セレイア、正気になれ。目を覚ますんだ。
ヴァルクス王太子はもう――」

その一言を、ディセルは涙をこらえながら口にした。

傷つけたくない。

けれど今のままでは、今のままではだめなのだ。


「死んでいるんだな」


セレイアが、こぼれんばかりに目を見開く。

彼女の手から、おそらくはヴァルクスのものであろうマントが、冷たい床に滑り落ちた。