目の前に現れたのは、初めて倒した甲虫とそう大きさの変わらない甲虫だった。

ただ、以前に倒したものが紫色だったのに対して、こちらは羽も体も黒々としてより不気味である。たくさんの足がうごめき、グロテスクだ。

こんな虫に、ヴァルクスは。

そう思うと悔しくて涙がこぼれそうだった。

だが、泣いている場合ではない。

セレイアは涙を乱暴に拭うと、決着をつけるために槍を構えた。

「どこからでもかかってきなさい!」

その声に反応するかのように、甲虫がぶんぶんと羽ばたく。

しかし―

こちらに向かってくるかと思われた甲虫は、逆に少し下がり、そして…。

セレイアは我が目を疑った。

ちらりと確認したディセルの表情で、目の前のこれが自分だけ見ている幻ではないと確信する。

幻ではない。

けれど、幻としか思えない。

なぜなら、甲虫がみるみるうちに“分裂”し、今や十体にまでその数を増やしていたからだ。

十倍になった羽音が森に響き渡る。

―分裂する虫など、聞いたこともない!

けれど実際に分裂したのだ。

相手はヴァルクスの仇、そんなことで怯んではいられない!