それは知っていたけど、
江梨子のことも放ってはおけない。
「花南、悪い。
少し電話してくる。」
そう言うと、
花南は分かっていたように、
少し頷いて斜め前のコーヒーショップを指差した。
「あそこで待ってる。」
「分かった。」
腕時計をのぞくと、時刻は21時47分。
遅いけど、あそこなら店員もいるし大丈夫だろうと思った。
俺は少し離れたとこにある喫煙スペースへ移動した。
でも江梨子の状況が分からない今、
安易に連絡できない。
江梨子の旦那は、
いつも仕事で、ほとんど家には戻らないらしい。
子供が生まれてから、それは更に酷くなっていった。
ほぼ子供と二人だけの江梨子。
育児のストレスと、
旦那への不満。
江梨子は何度も話をしたが、旦那は取り合ってはくれなかった。
それどころか、
他の女の存在を匂わせてきた。
怒りと不信感。
それ以外の感情は全て消えた。
すぐにでも別れたかったが、
不倫の証拠はない。
さらに今すぐ離婚しても、
職のない江梨子が親権を得るのは難しいらしい。
だから江梨子は、
無駄な結婚生活を続けながら、
渡されている少ない生活費から貯金を貯め、子供と暮らす準備をしている。
電話するかメッセージを送るか迷っていたとき、
スマホが振動した。
「江梨子?」
すぐに出たのに返事がない。
微かに聞こえるのは、泣いている音。
「大丈夫か?」
『わたし、…』
「…ん?」
『もう…無理。』
「何があった?』
しゃべれないのか、
しばらく黙ったまま。
江梨子が話せる様になるまで待った。

