「ったく…」

「アハハ~、だからごめんねって言ってるじゃん」




そうやって軽く謝るアンタは本当に悪いと思っているのか?

そうジロッと睨んだところで、こいつには伝わらない。




「ん? 味噌汁美味しくない?」




ほらね、全く伝わってない。

ったく、本当にこの女は何を考えているんだか…。




『オレってさ、自己紹介した?』

『ん? してませんよ~?』

『じゃあ何でオレの名前分かったの? 一樹から?』

『アハハ~、違いますよ。ただ分かるんです。一樹くんの部屋に訪れた人の顔と名前なら!』

『へ、へー…。それはスゴいね』

『エヘヘ! だって私は座敷わ…、ぶふっ!!』

『はいはい、もう黙っててねー』




………。





「ハァ…。何で言っちゃったかな…」

「何が?」

「いや、何でも…」




結局、あれから先輩にお迎えが来て(塾に連れ戻された)深くは追求されることはなかった…、が問題は今後だ。

先輩は俺の隣の家に住んでいる。だから嫌でも顔を合わせなきゃならない。


コイツの事でたたでさえうるさく聞かれそうなのに、能力を見てしまったとなれば…。

しかも先輩はああ見えて、勘が鋭い。


どうせ彼女の正体なんか直ぐにバレるに決まってる。




「ハァ…」




だとしたら絶対に笑うに決まってる。

からかわれるのなんか目に見えてる。

「一樹、幸せになれよ!」

ってそれはもうむかつくぐらいの笑顔で。

あぁ…、もう…。




「ハァ…」

「23回」

「はっ?」

「一樹君が朝起きてからため息を付いた回数。幸せ逃げるよ?」

「……」




誰のせいで幸せが逃げていってると思ってる。

そもそもアンタは幸せを運ぶ座敷わらしじゃなかったのか。

不幸しか運んでないじゃないか。




「ずっと居座るつもり?」

「何で? 居てほしいの?」




当の本人もこれじゃあね。




「さっさとオレに幸せ運んで、とっとと出てってよ」

「運んでるじゃん」

「アンタが運んでるのは不幸ばっかりだよ」

「えー…、ほんと?」

「自覚しなよ」




ハァ…、とまた幸せが逃げていった。

あぁ、オレはいつになったら解放されるんだろうか。


いや、まてよ。

確かこの女が手っ取り早く追い出す方法が1つあったはずだ。

彼女はオレとじゃ無理だと言ってたけど、自由を得るためならここは一肌脱ぐしかない。

どんな難題が待っていようと…。





「あの…」

「ねー、一樹くん」




そう思って口を開こうとしたら、見事に遮ったこの疫病神。

「なに?」と少し苛立ったように答えれば、少しだけ困ったように笑った。





「今日の部活は何時に終わるの?」

「別にそんなに遅くならないよ。それがどうかした?」

「ううん。…怪我には気を付けてね?」




は? と味噌汁を啜るのを止めて顔を上げれば、いつものあの笑顔で笑っていた。


それなのに、なんだこれ。

いつもはあの笑顔がイラつくものでしかないのに…。


このよく分からない感情のせいなのかどうか分からないが、彼女の顔を直視できなくて誤魔化すように味噌汁を流し込んだ。


そう言えば、この味噌汁の味は最初に作ってくれたものと変わらない。

オレはお世辞を言うのなんか好きじゃないし、況してやどのくらいの期間一緒に居るかも分からない相手に気を使うつもりはない。


つまり、最初からこの味噌汁は自分に合っていたのだ。

それだけじゃない。

彼女は何故かオレの好物を知っていた。


まぁ、これが彼女の能力なのだろうしオレに幸せを運ぶのがそもそもの彼女の役目なのだろうし…。

それでもやはり、この味噌汁が普段よりも美味しいと感じてしまうのは何故だろうか。


先程の彼女の表情と言葉が、頭から離れないのは何故だろうか…。




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