「――ふひー。自分、お疲れ」



今日の仕事を終え、自分の部屋のドアを開けて直ぐにバタッと倒れる。

向こうの世界から此方に帰ってきて約4年が経った。

帰った場所は、私が自殺しようと飛び込んだ川の岸だった。たったそれだけで、あぁ私は戻ってきたんだなと思った。

直ぐに警察には行った。何の音沙汰もない私を不審に思った両親は、私の部屋を訪れ、やはり私の姿がないことに警察に届け出を出していたらしい。

直ぐに両親に連絡が入り、私は三ヶ月ぶりに両親の顔を見た。そして安心したのかどうか分からないけど、子供のようにわんわん泣いてしまったのを覚えてる。

ただそれは両親も同じで、何よりも驚いたのが、此方の世界では私が居なくなって約1年が経とうとしていたとの事だった。

両親には、自分に何が起こったのかは思い出せないと嘘をついた。多分話しても信じられないだろうから。

とにもかくにも、此方の世界に戻ってきた私は、今はとある会社に勤めバタバタとして忙しいけれど充実した生活を送っていた。

帰ってきて暫くは両親と一緒に住んでいたけど、落ち着いて私が働くようになると再び独り暮らしを始めた。最初の方は心配して、何度も電話が掛かってきていたけど…。

それだけ愛されてるんだと感じた。昔の私だったら、ウザいだのキモいだのと平気で暴言を吐いていた筈。

やっぱり自分も成長したのかなーっと、欠伸を殺しながらそろそろ靴を脱ぐことにした。





「――透の奴、元気かなぁ…」



風呂から上がり、酎ハイ片手にボソッと呟く。
仕事終わりの酒はたまらん。マジでうめー。
半分ほど飲み干した所で、不意にボロボロのバックが視界に入った。

私が向こうに世界を行き来した時のバックである。



「何か夢みたいだよなー。あの三ヶ月間は」



ボロボロでもう使う事も無いだろうに、私は未だ捨てれずに居た。服はもう着れないからとっくの昔に捨てたけど、これだけは何故か捨てられない。

バックを手に取り、色んな方向から見てみる。そして中を確認。

すると、何も入っていない筈のバックの中に、見覚えのない二つの折りにされた紙が入っていた。

何だろ…、と何も考えずに手に取り開いてみる。



「…!」



透からだった。名前も何もないけれどそう思った。小さいメモ用紙に近いその紙に書かれていたのは、たったの一言だけ。でもそれだけで私の涙腺を緩めるには十分だった。



「ふっ…う…馬鹿、じゃないのっ…」



――好きだ


それだけが書かれていた。

馬鹿だと何度も言った。

何だよ、今更。しかも手紙でなんて…。

もしこのまま私が気付かなくて、ボロボロになったバックを服と同じように捨てていたら。

いや、あの男の事だ。本当はそのまま気付かれないことを願っていたかもしれない。

私を元の世界に帰す方法を柚木たちと共に必死に探していてくれた透。私の甘さを叱ってくれたそんな彼が、わざわざ気持ちを伝えるような事をする筈がない。期間は短かったけれど、透は本当に優しい人だったことは分かってた。

だからこそ、元の世界に帰る人間に自分の想いを伝えるような真似はしない。そもそも透がこんな想いを抱いてくれていたなんて知らなかった。

嬉しいと同時にズルいと思った。
せっかく透への気持ちを忘れることが出来そうだったのに…。諦めがつく頃だと思ったのに…。こんなことをされたらまた思い出してしまうじゃないか。

私がこうならないためにも、彼は気付かれないように小さな紙をバックの中に忍び込ませていたんだろうけど…。もう気付いてしまった。



「…っ、…?」



ボヤける視界の中、手紙の端に小さな字が書かれているのに気付いた。
涙を吹いて目を凝らしてみるも、何だか読めない。それぐらい小さな字だった。
この年で使うとも思ってなかったけど、虫眼鏡を持ってきて字を見てみる。それでも分からなかった。

それは字というよりも、何かの印みたいな物だった。



「…!」



そこでハッと思い出す。4年前の透の言葉。

彼は確か言っていた。二つの世界を行き来する方法を。



『――式があれば別だけど…』



もしかしてこれは「式」という物なんじゃ…。

そう思ってまた涙が溢れてきた。何でこんなにも涙が出るのか、自分でも良く分からない…。



「あんの…や、ろう…っ」



ただその理由が、悲しくて泣いた訳じゃないってことぐらいは、流石に分かった…。





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「――おー、良い天気だこと…」



絶好のお昼寝日和だなー、なーんて一人で呟きながらいつもの定位置へと寝そべる。
頭の後ろに腕を組み空を見上げた。やっぱ良い天気。



「アイツ、何してんのかね…」



アイツとは、一年前までこの世界に住んでいた、異世界からきた美希のこと。
彼女が帰ってからもいつも通りの日常を送っている。ただ一つ、違うとすれば…



「ま、元気だろ。アイツ、結構気強いし」



何か、物足りないことであろうか。

彼女に会って最初の頃は、明らかに警戒心剥き出しだし自分の事をわざわざフルネームで呼ぶし、可愛げのない女だと思っていた。まぁ、初対面がアレだったからね。自業自得何だろうけど。

でも、彼女のあの素直さや、さっぱりとした前向きな性格に心惹かれたのは事実。だからあんな手紙を忍ばせたんだろうし…。



「……馬鹿だな…」



彼女はあの手紙に気付いただろうか。気付いていないことを願う。

オレは何をしたかったんだろう。既に向こうの世界で生きていく事を決意した彼女の足を引っ張るような真似を、誰が見てもしていると言えよう。

出来るだけ、此方の世界の事は忘れた方が良い。それなのに、わざわざ形として残ってしまうものを、持たせてしまったとは。

それにオレは…



「ハァ…、オレらしくもない」



いや、止めよう。オレも忘れるんだ。

それにあんな小さな紙切れに気づく筈もないし、もし気付いてしまったとしてもその意味までは分からないだろう。

ただ、男としては最悪の告白を、彼女に見られてしまうだけで…。



「そろそろ任務に行くか…」



にしても、今日は珍しく昔の事を考えていたな。いつもは敢えて考えないようにしていたんだが…。

ただ見上げるだけで、実際のところは見ていなかった空を意識して見てみると、真っ青な空が広がっていた。所謂、快晴。

あぁ、だからオレは思い出してしまったのか。

あの日もこんな風に快晴だった。

そして丁度今みたいに空をボーッと見上げて、この時間帯に…



「…!」



空が、歪んで…――





君とまた<了>




「――な、んで…」

「アンタのせいだろ…」

「ハハ…、やっぱり…?」

「……今度は」

「…?」

「今度は…っ、逃げてないからっ…」

「…!」

「ちゃんと話して、ちゃんと覚悟、決めたから…っ」

「……。




ホント…、馬鹿だねお前」

「…っ…」

「ありがとう」





あの日よりも綺麗になった彼女を、今度はちゃんと抱き止めた…。