「いらっしゃいませー!」



此方の世界に来て約1週間。

まだ帰る方法が見つかってないらしく、長期滞在になる可能性が高いので流石にその分のお金をタダで貰うわけには行かないから、私はバイト(でいいのか?)を始めた。
その名も「だんだんご」。まぁ、いわゆる団子屋である。

理由は簡単。私が餡子が大好きだがら。



「姉ちゃん!団子ひとつくれ」

「あ、わたしみたらし団子」

「…俺は、黄な粉がかかったやつ」

「はいはーい! いつもありがとねー!!」



この店によく来てくれる、明(あきら)に華(はな)に宗司(そうじ)。
美味しそうに団子を頬張る彼らの顔を見るのが、実は好きだったりする。



「いらっしゃいま…、げっ」

「げっ、とは何よ」

「「「あ、透せんせー!」」」

「え゙っ!?何、君ら知り合いなの?」



新たに知った事実。
なんと可愛い可愛い3人組と胡散臭い風見透とがなんと教え子と師の関係だったそう…。



「はぁ、可哀想…」

「あのねー…」

「姉ちゃん姉ちゃん、ここだけの話しな、透先生ったらいっつも寝癖ぼ-ぼー何だぞ。へへへへ」

「おい明」

「うわ、マジで?最悪だな風見透」



見た目も怪しい上にだらしないって、ますます有り得なくない?
うっわーー…、超引くわ。

明らかに険悪感丸出しの目で風見透を見ると、ハァ…とため息をつきながら奥の席へと消えていった。
けけけ、ざまーみろ。







「――そんじゃ、明。また来いよー!」

「おうよー!」

「ごちそうさまでしたー、美希さん」

「ごちそうさま…」

「ハハハ、私は注文受けただけだけど」



手を振りながら帰っていく3人の姿を笑顔で見送り、新たな注文を受け取るために店の奥へと引っ込んだ。

子供は良いなー、素直で明るくて。

そう、浮気をした挙げ句逆ギレしたあんな最低クソ男と違って。

何か思い出したらまた腹立ってきた。

何だよ、アイツは。何で私がキレられなきゃいけないの?意味わかんねー。

まぁ世の中の男には悪いけどさ。

確かに女でも浮気する奴とか居るけどさ。

正直くたばっちまえば良いんだよ、男なんか。



『――はぁ?後付けるとかマジ、キメぇんだけど』



「……」



結構…、好きだったんだけどな…。

そうだよ、だから死にたいと思って実際に死のうとしたんじゃないか。

そうだそうだ、忘れてた。

そもそも私はあっちの世界では死んだことになってんだから、別に帰らなくて良くない? 爺さんと柚木とかには悪いけど。風見透のやつはどうでもいいけど。

私、このまま居ても良いですかぁ~?ってなっても良くない?



――ガラッ



そんな考えに浸っているとき、店の引き戸の開く音がして。

私の役目でもある「いらっしゃいませ」と営業スマイルと共に言葉を発しようとしたときだった。



「…っ!」

「ん?」



私はその人物を見て固まってしまったのである。



「……」

「え、えーっと…何かオレの顔に付いてる?」

「…あ、いえすんません。えと、何人でしょうか?」

「一応2人なんだけど…、透さんいる?オレその人と待ち合わせしてて」

「あ、居る居る居ます。どうぞこちらへ」



「お、来たね」

「遅くなってすいません。報告に不備があって長老に怒られてました…」

「良いよ良いよ」



奥へと案内してる時も注文を聞いてる時も、私の心臓はバックバク。

額からは汗が流れて、まるでバイト初日に戻ったかのように緊張している自分がいた。

落ち着け、私。




「――それじゃあ、透さん」

「んー、また明日」



真上にあった太陽が西に傾き周りを赤く照らす頃、私を緊張させるその男は風見透に挨拶をして帰っていった。

お釣りを渡すときに一瞬だけ触れた手をさりげなく握り締める。



『美希ちゃんて言うんだ?』



『――美希って言うんだ?』

『『可愛い名前』』



「……」

「美希?」

「風見透…」

「何かボーッとしてない?」

「別に…」



空いた皿を下げ、未だ居座る風見透の注文を聞く間も私はボーッとしていた。
風見透に言わなきゃならない事があったけれど、今は言う気になれなかった。



「具合でも悪いのか?」

「だ、大丈夫大丈夫!」

「本当に?」

「心配すんな、ばーか」

「……」



『――オレ悠太(ゆうた)』



「……くそったれ」





住む世界は違うのに、
顔も名前も声から何まであの男にそっくりな人に会ってしまった。







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