年が近いと言う理由で、私の側にいることになった柚木。


思ったよりも足の怪我は重傷で、1週間経った今も動けずにいる私は柚木をこの狭い部屋に縛り付けているみたいでどことなく悪い気がしていた。

それに私はそんなに喋る方じゃない。
最初の頃よりは何とか喋るようになった方だが、柚木にとってはつまらないかもしれないし、気まずい思いもあるかもしれない。


なにか話す話題は無いだろうか…、そんなことを考えながら運ばれた食事を口にする。



……………




「柚木」

「なーによ…?」

「食べにくい…」




口に運びかけていたスプーンを戻して。
壁にもたれ掛かってジーッとこちらを見てくる柚木に、眉間に皺を寄せて尋ねた。


すると柚木は自分の口元を指差して、
1週間前に柚木によって作られた口の腫れの心配をしてきた。

まぁ、見た目よりも痛くはないのだけれど…。




「そりゃあ、男の力で思いっきり殴られたからな」

「お、思いっきりって…あのな、あの時はついカッとなって…」

「あぁ…、あの“自分を見失ってる”って言葉にか?」

「まぁ…」





そういえば、あの時の柚木は凄かったな。

ずっと人形みたい奴だと思っていたのに、漸く感情を出したと思ったらそれは怒りで。

女相手に容赦の無い殴りは、私じゃ無ければトラウマになっていたぞ?

でも、そういえば前から言うとずいぶん変わったな。
まぁ、まだ少しは人形みたいなところもあるようだけれど…。

「今は違う」と口に出せば、頭に疑問符が浮かび上がった柚木。

どうやら私の言った言葉の意味がよく分かっていないらしい。




「意味がよく分からないという顔をしているな」

「………」

「目は口ほどに物を言うって言うだろ? 私は生きようとしている人の眼が、どれ程真っ直ぐで力強いものかを知っている」



そう、私は知っている。

諦めることを止めた目
どんな辛いことにも立ち向かう目

必死に生きようとしていたお母さんの目を…。


柚木はやはり意味を分かっていなかった。

その証拠に、自分ら忍と違って平和に暮らしてきたんじゃないか…と聞いてきた。

私の目を幸福そうな目だと言ったんだ…。




「平和……、そんなものが本当にあるんだか…」



争いの絶えない国。

人種差別、民族紛争…、そんなことがニュースに取り上げられる日常。


確かに平和だなぁと感じるときはある。
だけどその時全員が平和なわけじゃない。


私がハァ…、とため息をつくその一瞬でたくさんの人の命が奪われている。

一体それのどこが平和なんだ…

何が平和なんだ…



「柚木は何故人を殺すんだ?」

「は?」

「良いから…」




外に視線を向けたまま、柚木にそう言った。

私よりも遥かに“死”と隣り合わせのコイツに、聞きたかったんだ。



「自分の村を守るため…、まぁ生きるためかな…?」

「そうか…。だけど私たちの世界では、自分の欲望のために人を殺める奴等が多い」

「欲望…?」

「あぁ。アイツが憎いから殺す、そんな醜い人の感情だ。たいした理由もないのに、その場の流れで…な」



アイツがムカつくから殺した。

アイツに家族を殺されたから殺した。

意味はなく殺した…


醜い欲望が人を死に追いやる。柚木達とは全く違う。

もちろん人を殺して良いと言っているわけじゃない。

それでも殺らなきゃ殺られる世界なのだ、ここは。
必死に戦っていかなきゃならない。
大切な人を守らなきゃならない。


ところがどうだ。

あっちは戦争も絶えないし、多くの命を奪うためだけの核兵器さえもある。
やってることは子供の喧嘩と変わらない。

それなのにこんなにも、関係のない命まで奪っていく。


平和であれば欲が生まれる。
平和でなければ憎しみが生まれる。


結局はどちらも最悪の事態を招く。

どちらも最悪の事態を招くから、平和を求めて人は立ち上がる。


それでも、どんなに自分達が辛い目に合っていたとしても本当の平和は掴めないんだ…。




「まぁ、その分“生”もある。“生”は常に“死”と隣り合わせだろ?」

「まぁな…」

「私のお母さんは病気で死んだ。だけど死が誰よりも近くにある分、誰よりも生きようと強く輝いていた」




それでもやはり、人が平和を掴みとろうとするのは生きる意志を捨てていないから。

その意志はどんなものよりも固く、どんなものにも負けないもの。

最後まで諦めなかったお母さんの目のような強い意志なんだ。


だから私もそんな目になりたいと思った、と。何もかもを諦めている目は嫌いなんだ、と柚木に言った。



そしたら柚木は、自分もそんな目を持ちたいと言い出した。

私のように強い目を…




「柚木なら私以上に強い目を持てるさ」




嘘じゃない、本気だ。


だってコイツはこんな短時間に変化を見せてきたのだから。
だからこの時、私がここに来た理由が何となく分かったんだ。

私は、何もかもを忘れかけている柚木にその事を思い出させるために来たんじゃないかって。


柚木がどんどん人に近付いていってることが嬉しくて、ここに来て私は初めて笑った…。





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