ワンコと私







あれから俺は年が近いと言う理由で(顔を見られたのもあるけど)、雫の警備及び世話役に命じられた。


雫の足の傷は思ったよりも深かったらしく、1週間経った今も布団から出ようとしない。

そんな彼女は、最初の頃から比べるとだいぶ話すようにはなったが、そうは言っても無口な方である。


俺的にはお喋りな奴よりは断然良いんだが…。

でも雫はもう少し喋っても良いと思う。




「柚木」

「なーによ…?」

「食べにくい…」




そう言って、口に運ぼうとしていたスプーンを置いた雫は、おそらく壁にもたれ掛かってジーッと見つめる俺が気になったのだろう。


眉間に皺を寄せて「なんだ?」とでも言いたげな雫に、俺は黙って自分の口元をトン、と指差した。





「ここ…」

「? 口がどうかしたのか?」

「いやー、まだ腫れてるなぁって思ってね」





そう、俺が見ていたのは、1週間前に俺が雫を殴ったときに作らせてしまった傷。

青く腫れ上がり何とも痛々しく見える。





「そりゃあ、男の力で思いっきり殴られたからな」

「お、思いっきりって…あのな、あの時はついカッとなって…」

「あぁ…、あの“自分を見失ってる”って言葉にか?」

「まぁ…」





今考えると自分でもなぜあれほど頭に血が上ったのか不思議だ。


周りからもよく、何考えてるのか分からないって言われるし、自分でも分からないときがあるぐらいなのに。



ただ1つ思ったのは、あの眼が原因だったのではないかと思う。

あの恐れを知らない真っ直ぐな瞳に、自分の弱さを見抜かれたような気がしたんだ。





「まぁ、ああ言われて当然だろ」

「結構はっきり言うね…」

「別に今は違うから良いだろ? あの時のお前は、生きようとも死のうともしないただの人形みたいだったからな」






そんな雫の言葉に首を傾げる俺。


俺が人形みたいに見えたのは認めよう。

感情をあまり出さないようにしているから。


だけど、その前。

「今は違う」と雫は言った。



今は違う? 何がだ?

俺は何か変わったのか…?





「意味がよく分からないという顔をしているな」

「………」

「目は口ほどに物を言うって言うだろ? 私は生きようとしている人の眼が、どれ程真っ直ぐで力強いものかを知っている」





「まぁ、まだ人形に近いけどな」
そう言ってフッと笑った雫に、あっそと軽く返した。


俺の目は真っ直ぐでも力強いものでもない。強いて言うなら、絶望の色に染まってよどんでいる。
大切なモノを失う瞬間を、たくさん見てきた目だから。


だからその分、雫はまだ“死”というものを感じたことがないのだろう。

俺とは違う幸福な目だ。


それなら、真っ直ぐな目をしていて当然だと、浅はかな俺はつい口を滑らせていた。





「……幸福そうな目…?」

「違うの? 俺ら忍と違って平和に暮らしてきたんじゃないの?」

「平和……、そんなものが本当にあるんだか…」




そう言って窓の外を眺めた雫は見えないが、あの時、一瞬だけ見せた悲しそうな目をしているのではないかと思う。




「柚木は何故人を殺すんだ?」

「は?」

「良いから…」





顔をこちらに向けられることなく発せられた言葉に戸惑いを隠せない。

なぜ人を殺すかって?

いきなりそんなことを聞いて、どうしようと言うんだ?


雫の意図が掴めなくて、躊躇いがちに答えた。






「自分の村を守るため…、まぁ生きるためかな…?」

「そうか…。だけど私たちの世界では、自分の欲望のために人を殺める奴等が多い」

「欲望…?」

「あぁ。アイツが憎いから殺す、そんな醜い人の感情だ。たいした理由もないのに、その場の流れで…な」

「…………」

「それに戦争も絶えない。あっちは文明が発達している分、1つの核兵器で数え切れない人々の命を奪い、軽く都市1つも沈める事だって出来る」

「……っ!」

「…だから平和って言葉が生まれるんだ。最初から平和なら戦争とか災害との区別をする必要がないからな」





雫から語られるのは、俺が思っているよりもはるかに暗い話だった。

あぁ、向こうの方が平和だなんて…。
なんという事を言ってしまったんだろうか。

自分の浅はかさに虫ずが走る。





「まぁ、その分“生”もある。“生”は常に“死”と隣り合わせだろ?」

「まぁな…」

「私のお母さんは病気で死んだ。だけど死が誰よりも近くにある分、誰よりも生きようと強く輝いていた」






だから、自分を見失っている奴、死のうとしている奴は嫌いだとはっきりと言った。

それは雫の母親が生きたくても生きられなかったから。

生きようとする目がどれだけ素晴らしいものか知ってしまったから。



常に死と隣り合わせの自分は、そうでない雫の瞳よりも輝いていない。

本来なら俺の方が輝いてなきゃダメなのに。



今まではどうでも良かった。

どうせいつかは死ぬんだと、大切にもしてなかった。


だけどなまえの話を聞いて、生きようと思うようになった。

“生”にすがり付いてみたいと思うようになった。





「俺も…」


「ん?」


「おまえみたいな強い目を持ってみたいもんだ…」




恐らく、初めて彼女を見たときに興味が湧いたのは、自分に無いものを彼女がもっていたから。


真っ直ぐ綺麗な目に惹かれた…。





「柚木なら私以上に強い目を持てるさ」





そう言って、初めて見せた雫の笑顔はあどけない少女から大人の女へと変わる途中のもので。


可愛いとも綺麗とも言える眩しいくらいの笑顔に、目が離せない自分がいた。




.