「…ばんは」


「いらっしゃい、カグヤ」


帰宅したあたしは少し寝てからお風呂に入り、出かける準備をしてとあるバーへ来た。


ここは見つけにくい店で、あまり人が来ない。


小さく挨拶をするとマスターが穏やかな笑みで返事をしてくれた。


「相変わらず綺麗な髪だね。触って良い?」


カウンターに座るとあたしと同じ目線になったマスターがそう訊いてくる。


今あたしはフードを深く被り服の中に髪をしまっているのだがここまで近いとさすがに髪も見えてしまう。


これでは隠している意味がない。


「…濡れてるから」


髪を出したくなくて、ついそう言ってしまう。


「………ちょっと待ってね」


あたしの言葉に少し沈黙したマスターはそう言ってスタスタと店の出入口へ歩いていく。


不思議に思いながら見ていると、取っ手にかけられている″open″の文字を″close″に変えていた。


「これで誰も来ない。丁度カグヤ以外誰もいなかったし」


笑顔で更には鍵まで閉めるマスター。 


呆然とその動きを見ているといつの間にかすぐ傍まで来ているマスター。


ハッとして距離を取ろうとしたが既に遅く。


「捕まっちゃったね?」


マスターはあたしの手を優しく、けれど逃げられない強さで掴みながら言った。


「マ、スター…」


「なぁに?」


優しい笑顔のまま返事をするマスター。


そうだった、こいつはこういう奴だった。


いつもその優しさに忘れてしまうが、狙ったら必ず捕まえる。


そういう最低男だった。