「――え、なんで……」


目の前にいるはずのない人物がいて、思わず取り乱してしまった。

そんな様子に、少しだけ眉を寄せる彼。




「いやー、今日の練習試合で入る予定だった奴が急遽体調崩しちまってさ。で、引退した俺が臨時で入ることになったわけ」




「なに俺がいて不満?」最後にそう言った太一に、そういうわけじゃないと首を振った。

でも正直、気分は乗らない。

太一の前で失敗をしてしまったら……と考えるだけで、胸がもやもやした。

そんな私に他の部員は気づくはずもなく。




「まさか太一先輩と一緒に練習出来る日が来るなんて、夢にも思わなかったです」

「そ?」

「はい! 太一先輩は私の憧れの人ですから」

「あらら、それはありがとう」




「よろしく」と隣の女の子に、にっこりと笑いかける太一。

そんな二人から視線を逸らして、「アップするよ」と声をかけた。

私もあの子のように「太一と一緒で良かった」と笑って言えたら。




「未来」

「どうしたの」

「未来とこうして肩を並べて走るのも久しぶりだな」

「……だね」

「まぁ俺としては何かのついでとかじゃなくて、ちゃんとしたデートで肩を並べたいんだけど」




せっかく私の隣に来てくれたのに、本当に私は可愛げがないのね。




「……」

「ま、何はともあれ、美紅と一緒にいられる時間がちょっとでも増えて嬉しいよ」

「…!…っ」




私の態度が以前と違うことは明らかなのに。

太一は、以前と全く変わらない。

歩み寄るどころか突き放そうとする私。

一方で以前と変わらず歩み寄ってきてくれる太一。

しかも私にだけ見せるその笑顔で。


無性に泣きたくなった。ごめんなさいと謝りたくなった。

でも今はそうすべき時じゃないから。




「うん……、私も」




消え入りそうな声で、隣の太一にそう言った。

その言葉は部員の言葉にかき消された。




_____
____




「――ごめんなさい!」




練習試合は終了した。

でもその場の空気はあまり良いものではなかった。

というのも、例のあの女の子が試合中に相手の学生に怪我をさせてしまったのだ。

幸い軽い捻挫ですんだらしく、一週間もすれば治るだろうから、と相手の学生も穏やかな対応だったのだ。

しかし当の本人は、そのせいで周りに迷惑をかけてしまったと自分を責めて泣いてしまっていた。




「ほ、本当にっ……」




そんな彼女をちょっと離れたところからぼんやりと見ていた私。別に口を挟むわけでもなく、ただただその様子を見ていた。

彼女と、太一を。




「相手の子も幸い大きい怪我だったわけでもないし、次の本試合にも無事出られるみたいなんだから、そんなに自分を責めるな」

「太一せんぱっ、……」

「ちゃんと反省できてるんだから、それだけで十分だと思うよ。それに、次頑張れば良いだけのことだろ?」

「…っ…は、い」

「ま、ともかく君はよく頑張った」




そしてニッコリと笑った太一。すると彼女は、少しだけ微笑んで「ありがとうございます」と言った。




「次はもっと頑張ります!」




頬に跡をつけながら志を強く持つ彼女。

壁に背中を預けながら視線を下げる私。

自然と耳に入ってくる彼女を褒める言葉。




「大げさなんだから」

「まぁでもそこがあの子のいいところでしょ」

「確かに。頑張って入るもんね」




それに比べて、私は……。




「お先に失礼します」




とうとう耐え切れなくなって、逃げるようにその場を去った。

胸が苦しい、いらいらする、吐き気がする。

なにが「次は頑張ります」よ。散々泣いて、こっちはもう気にするなって言ってんのにさ。

人前で大声あげて泣くなんて考えられない。

もうそんな年でもないんだから、子供みたいに泣くのはみっともないってわかんないの。

良い子ちゃんぶらないでよ。


黙って帰って家で一人で勝手に泣いて反省しなさいよ!




「……」




何かどろっとしたものが、私の胸の中でぐるぐると暴れまわる。

太一だけでなく何の関係もないあの子にまで八つ当たりしてしまう自分が情けなくなった。




『ま、ともかく君はよく頑張った』

「……っ、もう、疲れたよぉ…っ」




私はあなたに一番、その言葉を言ってもらいたかった。





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